原子力システム研究開発事業
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(資料5)中間・事後評価の結果 レーザー光による原子炉材料中のオンサイト水素分析技術の開発(国立大学法人福井大学)
原子力システム研究開発事業における平成17年度採択課題中間・事後評価の結果について

原子力システム研究開発事業 −基礎研究開発分野−
若手対象型 事後評価総合所見

研究開発課題名(研究機関名)

 レーザー光による原子炉材料中のオンサイト水素分析技術の開発(国立大学法人福井大学)

研究開発担当者

機関名:国立大学法人福井大学  総括代表者:福元謙一
機関名:日本原子力研究開発機構  代表者:荒井眞伸

研究期間及び予算額

 平成17年度〜平成18年度(2年計画) 43,561 千円
項目 要約
1.当初の目的・目標  核燃料サイクルの早期確立のために実績のある軽水炉技術に立脚し、プルトニウムの有効利用、長期的にはプルトニウム多重リサイクル、さらには増殖への発展が可能な低減速軽水炉(核分裂反応に主として高速中性子を用いる軽水炉)の研究開発が進められている。その燃料集合体部材の材料の候補としてジルカロイが検討されている。低減速軽水炉では通常の軽水炉より大幅に高い燃焼度条件が設定されており、水素脆化が克服すべき課題となる可能性がある。従って十分な燃料健全性を有する設計とするためには高燃焼度条件でのジルカロイの水素濃度データの蓄積が必須である。
 ジルカロイ材が水中にあるとき、表面での水の分解で生成した水素がジルカロイ中に浸入し、金属中の水素濃度が固溶限度を超えると金属水素化物を析出し、材料の機械的強度を低下させて水素脆化を発生させることが知られている。その場合、水素化物の析出は均一に発生するのではなく応力、温度等分布に従い水素が移動し局所的に水素化物が偏析することが知られている。
 従来の軽水炉の燃料集合体部材の水素分析方法としては、対象材料を機械的に切断し、高温炉で融解させ、その際放出されてくる水素を捕集して、定量する方法が採用されている。しかし、このような方法では照射済みの燃料集合体の場合は、燃料プールから運び出しホットラボ内の分析施設まで運搬し、そこで解体・切断・溶解し、分析する必要がある。
 このため、分析結果が出るまでに長期間を要する上に、作業員の被曝や放射性廃棄物の処理も必要になり、燃料集合体部材の水素分析は大きな負担となっている。また、従来の水素分析法では試料を高温炉で溶解して水素を分析するため、平均的な水素濃度しか分析できない。
 金属中の局所的な水素をサイトで迅速に評価出来るだけでなく、水素分布まで計測できる分析方法が開発されれば、低減速軽水炉で重要となる燃料集合体部材の健全性および寿命の詳細な評価が可能となり、低減速軽水炉の安全性向上に大きく寄与できる。
 そこで、金属中の水素濃度分布をオンサイトで迅速に分析可能な水素分析技術の開発を行った。

 本事業は、以下の5つの項目について研究開発を実施した。

【1.水中模擬分析】
①真空雰囲気におけるプラズマ分光水素分析手法の高度化
 真空雰囲気水素プラズマ分光測定手法を確立し、水素濃度測定の精度の高度化を行う。
②大気圧ヘリウム雰囲気におけるプラズマ分光水素分析手法の確立
 二重レーザー照射プラズマ分光法により大気圧ヘリウム雰囲気下にある試料中の水素プラズマ分光測定手法を確立する。

【2.表面分布分析】
 ジルカロイ表面の水素濃度分布の高精度・効率的測定手法の開発を行う。

【3.深さ方向分布分析および水中プラズマ分光水素検出法開発】
①水中水素プラズマ測定の検討
 水中のジルカロイ試料からの水素プラズマ発光を観測するための条件を探るためダブルパルス照射を試みる。
②酸化物膜厚および水素濃度深さ方向分布の同時測定手法試験
 同一領域をレーザーで重畳照射することによりチタン酸化膜、ジルカロイ酸化膜の膜厚及び水素濃度深さ方向分布を同時に測定する手法を確立する。

【4.材料健全性評価】
 ジルカロイにレーザー照射した際の材料組織への影響を調べるため、水素濃度及び水素分布を制御したジルカロイ試料を作製し、レーザー照射後試料のSEM・TEMで組織観察を行うことにより照射による影響を調べる。

【5.システム概念検討】
①実機プラント対応の水素分析用レーザー照射分析ヘッドの概念検討
 低減速軽水炉の炉内構造に近い実機プラントを用いて、レーザー照射分析ヘッド部の概念検討を行うため、設計に必要な環境条件・仕様・問題点など開発課題の摘出を行う。
②低減速軽水炉使用環境に適用可能な水素分析システムの概念検討
 低減速軽水炉に適用可能な水素分析システムの設計方針・使用条件について検討を行う。
2.研究成果
・当初予定の成果
・特筆すべき成果
・副次的な成果
・論文、特許等
 各項目における研究成果は、以下のとおりである。

【1.水中模擬分析】
①真空雰囲気におけるプラズマ分光水素分析手法の高度化
 レーザープラズマ発光条件として真空雰囲気(ヘリウム減圧雰囲気)が最適であり、ヘリウム分圧10Torrで水素検出効率が最大になることが示された。また、アルゴンやキセノンのような不活性ガスでは水素励起が殆どできないことから、水素励起にはヘリウム雰囲気が効果的であることが示された。この水素励起機構には雰囲気ガスと対象元素の質量差のマッチングとプラズマ中のヘリウム励起過程という二つの要因が関わっていることが明らかになった。レーザープラズマ発生用照射条件としてDefocus条件による照射法で表面損傷が少なく深さ方向分析に供することができることが明らかになった。高濃度水素含有試料の水素分析実験などから100〜8000wppm水素濃度までの水素プラズマ発光強度と水素濃度の検量線が得られた。最適化されたレーザー照射条件においては、スペクトル強度のばらつきは極めて小さく、高精度の分析が可能であることが確認できた。
 この結果30〜50ppmの検出下限値で定量水素濃度測定が可能となる、真空雰囲気(ヘリウム減圧雰囲気)におけるプラズマ分光水素分析手法を確立し、高度化することができた。
②大気圧ヘリウム雰囲気におけるプラズマ分光分析手法の確立
 ヘリウム雰囲気下におけるジルカロイ中の水素分析にヘリウム圧力依存性があることが明らかになった。また、大気圧ヘリウム雰囲気下では真空雰囲気制御環境下よりも検出感度が良くなることが明らかになった。この機構として、集光部でのヘリウムガスのイオン化の際、ヘリウムの準安定状態が比較的長時間形成されるため、時間の経過とともにヘリウムが拡散する特性があることが示された。また、表面水分を除去しつつ金属表面にヘリウムプラズマガスを生成するためのTEA CO2 レーザーをヘリウム1気圧で金属試料に集光し、その後YAGレーザーでアブレーションする方法の二重パルスレーザー法が有効であり、この手法により、水中におけるヘリウム大気圧雰囲気での二重レーザー照射プラズマ法が適用可能であることが示された。
 YAGレーザーを用いた二重パルスレーザー照射によるプラズマ分光分析試験の各種パラメーターを系統的に変化させた、いわゆるパラメトリック試験を行い、大気圧ヘリウム雰囲気下での水素定量分析検量線が得られた。また、ヘリウムガス加熱方式による水分除去法から100wppm水素濃度以下までバックグラウンドを低下させることが可能であることが明らかになった。また、水素濃度に対して発光スペクトル強度がよい比例関係を示していることが明らかになった。
 以上から二重パルスレーザー法による水素分析手法を確立した。

【2.表面分布分析】
 Defocus条件でのレーザー照射最適化の結果、ブレークダウンによるプラズマ発光現象が得られ、そのプラズマ発光中のヘリウムから水素への励起状態の遷移現象の効率化の向上が明らかになった。また、表面水分の低減に関する研究により、表面水分低減抑制法として、真空ポンプの油の交換、真空チャンバーの長時間の加熱、TEA CO2 レーザー照射による表面の広い領域のクリーニングが有効であることが明らかになった。さらに、レーザー照射を繰り返し、クレーターをある程度深くしたのちにスペクトルを計測すれば、表面の水によるHα発光は抑えられることも明らかになった。

【3.深さ方向分布分析および水中プラズマ分光水素検出法開発】
①水中水素プラズマ測定
 水中のジルカロイ試料及びチタン試料からのプラズマ発光を観測するための条件を探るため、ダブルパルス照射を行い、ICCD検出器を用いて前段照射で生成する気泡の成長と減衰を測定したところ、入射エネルギーと気泡最大体積に比例関係があることが明らかになった。また、発光スペクトルに関しては、試料表面にある程度の大きさの気泡が存在しているときに後段照射すれば、発光スペクトル測定ができることが明らかになった。
 水中に置かれたジルカロイ試料に対するダブルパルス照射実験において水素原子からの発光が確認された。含有水素濃度の異なるジルカロイ試料に対して水素原子からの発光強度に有意な差は見られなかったが、水中においても水素の発光が観測できたことから、バックグラウンドとなる水素を除去する工夫をはかることにより、試料中の水素の含有量を測定できる可能性があることが明らかになった。
②酸化物膜厚および水素濃度深さ方向分布の同時測定手法試験
 水中でのステンレス上酸化膜分析から、ステンレス上酸化チタン膜厚の検知限界は約3[μg/cm2]=7nmとなり、チタン(368.5nm)と酸素(777.7nm)のどちらの発光スペクトル線でも同程度の検知限界が得られた。この結果、酸化膜の金属とベースとなる母材の金属が同種でも酸素の発光スペクトルを分析することで、酸化膜の有無を検知することができ、酸化膜深さ方向分布計測が可能であることが明らかになった。
 水素と酸素の同時測定は広帯域・高分解能分光器を使用することにより同時測定が可能であり、また、酸素の発光強度と酸化膜厚さの相関性が明らかになったことから、水素と酸素の同時測定による酸化膜厚さ測定と水素検出法について確立した。ただし、今後の課題として水素スペクトル波長域のバックグラウンド水素濃度を低減することが重要であることも明らかになった。

【4.材料健全性評価】
 水素を4300wppm注入したジルカロイ試料の断面金相観察から、Defocus条件での1ショットあたりの溶融深さは0.2μm程度であり深さ方向分析に有効であることが明らかになった。以上から3.の深さ方向分布分析を定量的に評価する方法を確立した。
 また、100ショット累積による溶融領域深さは平均で3μmであり、500ショット照射後の溶融領域深さと大きな変化は見られないため、熱影響部が大きくないことが示された。このことは深さ方向の水素分析を行う際の熱影響について試料厚さの影響が見られないことを示し、深さ方向水素分布分析手法の確立に寄与することが明らかになった。
 また、水素化物が形成されたジルカロイ試料でケルビン顕微鏡による水素化物同定手法について検討を行い、表面電位コントラストによる水素化物形成を確認した。ケルビン顕微鏡による微小水素化物測定が可能であること示されたことにより、二重パルスレーザー照射による狭領域からの水素分布分析を行う際のデータ評価が可能となることが明らかになった。

【5.システム概念検討】
①実機プラント対応の水素分析用レーザー照射分析ヘッドの概念検討
 BWRプール内での水素分析作業を想定したレーザー照射分析ヘッドの構成概念を元に従来のレーザープラズマ分光分析機器システムによる検討から開発課題( 1)分析ヘッドの小型化、2)耐放射線仕様、3)管理区域仕様、4)Heガス置換システム、5)水分の影響を排除するシステム)を抽出し、対応策をまとめた。
②低減速軽水炉使用環境に適用可能な水素分析システムの概念検討
 低減速軽水炉の使用済み燃料集合体について、水素分析を行うレーザーヘッドの放射線環境に係る設計条件を評価するための基礎データを提示し、基礎データを用いた燃料被覆管表面の温度条件および放射線条件について評価を行った結果を、「5.①実機プラント対応の水素分析用レーザー照射分析ヘッドの概念検討」に反映させた。
 また、原子炉内での燃料の燃焼に伴い発生する被覆管外径の変化、燃料棒のボウイング、被覆管のフレッティング腐食などに起因するレーザーヘッド被覆管表面間距離の変化を考慮して、レーザーヘッドを設計(焦点距離などの調整)する必要があることが明らかになった。

論文、特許等については、以下のとおりである。

○学会口頭発表
・日本原子力学会 2006年秋の大会、平成18年9月27日−29日
丸山忠司、香川喜一郎、福元謙一、仁木秀明、"レーザー誘起プラズマによるジルカロイ中の水素分析(その2)"
・日本レーザー学会主催レーザー学会学術講演会第27回年次大会、平成19年1月17日−18日
香川喜一郎、福元謙一、仁木秀明、丸山忠司、"LIBS法によるジルカロイ合金中の水素濃度定量分析手法の開発"
3.事後評価
・目的・目標の設定の妥当性
・研究計画設定の妥当性
・研究費用の妥当性
・研究の進捗状況
・研究交流
・研究者の研究能力
【目的・目標の設定の妥当性】
 現状ではジルカロイの水素含有量を測定しようとすると非破壊な方法が無いことから、オンサイトの燃料プール保管中に使用済燃料被覆管(ジルカロイ)内の水素元素を非破壊(レーザープラズマ分光)で測定可能な技術を開発するという目標設定は世界的にも未開拓な分野で斬新なアイデアが盛り込まれており、若手の研究テーマとして相応しい。本研究開発で得られた主な成果は、金属試料中の水素元素分析の手法の開発が中心であり、もう少し開発目標を基礎的な事項に絞った方が良い。

【研究計画設定の妥当性、研究の進捗状況】
 1年4ヶ月という短期間に、ほぼ計画通り遂行したと判断される。また、真空→大気圧→水中と測定環境をより現実に近づけ、それぞれの環境において、雰囲気、照射条件等の最適化を行っていく手法は適切である。なお、「2.表面分布分析」の計画については、レーザーによる表面走査の条件設定に幅を持たせた方が良かった。

【研究交流、人材育成】
 研究テーマおよび各開発課題は、人材育成の観点から適したものである。また、総括代表者は材料(核融合炉)の専門家であり、今回の原子力システム研究開発事業を通して、レーザー分光の専門家と協力して、これら幅広い分野での研究を経験したことにより、今後のさらなる発展が期待される。

【研究者の研究能力、成果】
 大気圧ヘリウム雰囲気での試験で得られた、プラズマ化されたHeが、準安定状態(He*)となり、その中へH原子を送ることにより、H原子が励起発光される機構の解明と、それを効率よく行うための二重パルスレーザー照射法の開発は特出すべき成果である。また、水中での測定技術に関し、先行するレーザーパルスにより気泡を生成させ、続くパルスにより試料物質の励起発光を起こさせる技術は、現段階では試料表面の水分の除去等に課題があり、水素濃度の正確な測定には至っていないが、使用済燃料被覆管中の水素元素をサイト内で分析するためには必要な技術である。また、他分野(核融合炉,加速器施設など)への発展性も十分に見込める技術と考えられ、今後の開発が期待される。
 なお、非破壊分析としては、分析時の熱影響が出来るだけ小さいことが望ましいことから、分析後の材料の健全性評価については更なる検討が必要と考えられる。
4.総合評価  開発された減圧ヘリウム雰囲気下二重パルスレーザー法による水中水素分析技術は、現場的発想の基に見出された新しいレーザー分析法で、測定原理機構の解明から、測定技術の最適化まで幅広く独自性・新規性が認められる。また、これまで有効な分析法が見つからなかったジルカロイの水素分析についてレーザープラズマ分光法を用いてチャレンジし、水素含有量と発光強度との相関を得たことの独創性、新規性について評価できる。
 開発の成果は、簡便・迅速な固体試料中の水素分析技術として幅広く応用できるものであり、他分野への応用も含め、今後の発展性が大いに期待できる技術である。
A) 想定以上の成果が得られ、今後に大いに期待できる。
B) 想定通りの成果が得られ、今後が期待できる。
C) 想定通りの成果が一部得られなかった。
D) 想定通りの成果が全く得られなかった。

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