原子力システム研究開発事業

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平成21年度成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

ナノテクノロジによるナトリウムの化学的活性度抑制技術の開発

(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者)荒 邦章 次世代原子力システム研究開発部門
(再委託先)国立大学法人北海道大学、国立大学法人九州大学、三菱重工業(株)、三菱FBRシステムズ(株)

1.研究開発の背景とねらい

 次世代の原子炉システムとして、ナトリウム冷却型高速増殖炉の実用化研究開発が進められている。冷却材である液体金属ナトリウムは、伝熱特性、材料との共存性に優れ、核的性質も良好であるといった利点を有する一方で、化学的に活性であるため、空気雰囲気への漏えいや蒸気発生器の伝熱管破損時における水や蒸気との接触により、「急激な化学反応」を生じ、プラントの安全性及び補修性に影響を及ぼす可能性があるという欠点を有している。現在は、これらナトリウムの化学的活性度に起因する弱点を回避するために「急激な化学反応」の存在を前提にして、安全対策設備や冷却系機器の設計を工夫するなどの対応により実用性のあるプラント概念を構築している。このような状況を考えると、新たな技術によってナトリウム固有の高い化学的活性度を抑制制御することができれば、懸念される水反応や漏えい火災などに対する設計上の制約が緩和され、より高い安全性と経済性を実現しうる革新概念の提案が可能となる。この観点において、近年、ナノテクノロジを応用した新たな概念として、ナノスケール領域で生じる原子間相互作用に着目した流体の機能制御に関する研究が進められ、ナトリウム自身の化学的活性度の抑制の可能性が示されてきた。本事業では、高速増殖炉技術とナノテクノロジとの融合により、ナトリウム冷却高速増殖炉における水反応などに起因するナトリウム冷却材の潜在的危険性を低減させることを狙いとしている。

2.研究開発成果

 事業は5ケ年の実施を計画しており、事業開始より4年目の現時点の成果と進捗を報告する。
 本研究は、液体金属ナトリウム中にナノ粒子を分散(ナノ流体)させることを前提として、ナノ粒子の表層で生じるナトリウム原子との相互作用の解明とそれを利用したナトリウムの化学的活性度の抑制制御技術への応用を図ることを狙っている。このため、原子間相互作用の理論検討や原子間相互作用の実験的検証などの基礎的な研究から、ナノ流体としての性質や物性の把握、さらに冷却材に適用した場合の反応抑制効果およびそのメカニズムの解明に至る、基礎から応用までの広範な研究を進めている。これまでの研究により、ナノ流体の反応抑制効果ならびにそのメカニズムが、実験および理論検討の両面から明らかになり、顕著な反応抑制効果を実証するに至っている。現在では、所期の目標を達成する見通しが得られており、効果を示す充分な知見の蓄積が進んでいることから、高速増殖炉の実用化に向けて、冷却材ナトリウムの高い化学的活性度に起因する制約を緩和しうる革新技術として提案できる見込みである。

2.1 ナノ流体の化学的活性度抑制効果

 前年までに、基礎・基盤的な知見を中心に、ナノ流体の基本的な特性の理解として、物性および反応抑制およびそのメカニズムに関わる成果を報告した。今回は、その後、明らかになった抑制効果を示す知見を中心に、最新の成果を紹介する。先ず、ナノ流体の反応抑制効果の実証事実を報告し、次に、そのメカニズム解明に係る基礎的な知見、ナノ流体概念の成立に必要な基盤技術整備の状況を紹介し、最後に、原子炉への適用性評価について報告する。

(1)ナノ粒子分散による反応抑制効果の確認
図1
図1 反応抑制効果の実験条件(燃焼反応)
図2
図2 ナノ粒子分散による反応挙動の変化(燃焼反応)
図3
図3 ナノ粒子分散による反応温度の低下(燃焼反応)

 これまで明らかにしてきた、ナノ粒子表層で生じるナトリウムとの原子間相互作用による原子間結合力の増大、原子間結合力の増大によって生じる表面張力や蒸気圧などの物性の変化、物性の変化に起因して発現する反応速度や反応熱量などの低減効果ならびにそのメカニズムの理解など(本節で後述)を踏まえて、ナノ粒子分散による効果として、反応温度の低下、最高温度到達時間の変化、発熱量の低下および反応の早期終息を予測し、ナトリウムとナノ流体を同一条件で供試した燃焼反応実験を行って効果を確認した。実験条件を図1に、反応挙動の観察結果を図2に、反応時の温度計測結果を図3に示す。これらの結果から、次のことが理解できる。(顕著な反応抑制を確認)
① 反応温度の低下
② 反応の早期終息
③ 発生する熱量の低下(周囲の構造物への熱的影響の低減)
④ 反応の広がりの低下(反応規模の抑制)

 結果からわかるように、抑制効果は顕著であり、特に、ナトリウムと比較した②反応の早期終息性については、反応残渣の分析結果から、この実験条件では、ナトリウム試料が全量反応したのに対して、ナノ流体試料では雰囲気に充分な酸素が供給されているにもかかわらず、2割程度の未反応ナトリウムが確認された(反応途中で終息)。このような反応挙動および抑制効果は、これまでに得られた基礎知見に基づく予測を裏付けるものであり、次のように理解される。反応の開始に伴い、反応界面では、酸化反応が生じナトリウムの酸化反応生成物が生成される。この反応生成物は、反応の進行とともに酸素ポテンシャルの高い(酸素供給)方向に向かって成長しながら、同時にナトリウムプールから反応界面にナトリウムを供給する(吸い上げる)役目を果たしている。反応生成物の成長過程を考えると、ナノ流体は原子間相互作用によって表面張力が増大しているので、成長を抑制し、反応生成物先端ではナトリウムの蒸気圧が低下している。一方、反応生成物中のナトリウムの移行(ナトリウムプールから反応界面へのナトリウムの吸い上げ)に着目すると、酸化反応生成物をナトリウムが還元することにより、その流路を確保しているが、ナノ粒子の金属元素を含んだ反応生成物が生じることにより、ナトリウムの還元作用による流路確保機能が低下する。これらの現象は、反応界面の観察ならびに反応生成物の分析結果からも明らかになっている。ナノ流体では、酸素ポテンシャルが高い場合であってもその成長が停止することが予測されたが、今回の実験でも図2の観察結果からわかるように、ナトリウムの場合には酸素の供給方向に向かって反応生成物が成長を継続するのに対して、ナノ流体では酸素を供給し続けても成長が止まっており、反応界面にナトリウムを供給する機能が停止していることがわかる。もう一つの重要な現象は、反応の進展を支配する反応界面の反応生成物の成長挙動が挙げられる。反応場において酸素濃度を低下させた場合、ナトリウムは反応挙動が緩和するものの反応自体は継続するのに対して、ナノ流体は反応がより早く終息すること、すなわち反応の自己終息性が確認されている。また、反応残渣の観察から、反応の広がり(反応面積)の明らかな抑制が確認されており、前述の原子間相互作用による表面張力の増大および反応界面(境界)での反応生成物の成長の抑制に起因した抑制効果である。これらの反応抑制効果は、周囲に与える熱的影響を大幅に緩和するだけでなく自己終息性と併せて、原子炉での顕著な適用効果が期待できる。この他、ナトリウムの漏えい燃焼事故を対象とした場合には、今回報告したプール状の燃焼に加えて、配管からの漏出の際に生じるスプレー状の液滴燃焼反応やコラム状の燃焼反応においても、ナノ流体の特性である蒸気圧の低下による反応抑制効果に加えて、表面張力の増大による噴出液滴径の増大やコラム状表面積の低下による相乗的な反応抑制効果が期待できる。
 以上により、酸化燃焼反応を例にナノ流体の反応抑制効果に実証に関わる成果を報告したが、水反応についても、これまでに反応抑制効果を確認しており、ナノ粒子分散による効果として両者の知見をまとめる予定である。

(2)原子間相互作用と反応抑制メカニズム
図4
図4 ナノ粒子分散による物性の変化 (表面張力測定結果例)

 前節ではナノ粒子分散による反応抑制効果について示したが、本節では、その基礎となる知見の解明、整備状況について紹介する。

① 原子間相互作用に関する知見
 原子間相互作用に関する研究は、理論検討による現象の推定を行い、実験的な事実の裏付けを得ることにより検証を図っている。これまでに研究により、次のことが明らかになっている。
 原子間結合力およびナトリウムとの共存性の観点から、候補となる比較的電気陰性度の高い遷移金属元素とナトリウム原子との原子間結合力ならびに電荷の状態の理論推定結果から、粒子の表層で比較的強い結合が生じ、同時に電荷の移行が生じることがわかった。これは、液体として存在するナトリウム原子どうしの結合力を超えるものであり、同時に表層で電荷の偏り(粒子がイオン化のような状態)を生じてことから、安定且つ分散維持が期待できることを示している。この推定を確認するために、原子間相互作用と相関する表面張力や蒸気圧(蒸発速度)などの物性を測定し、原子間結合力の増大の裏付けを得ている。図4に、その例として表面張力の測定結果を示す。
 また、関連する知見は次のとおりである。○理論検討における粒子クラスターサイズの影響評価、○粒子種候補の検討:Ti、Niなどを選定、実験はTiで検証、○ナトリウム中の不純物(酸素や水素)の影響、○物性測定における再現性および同一試料の別方式測定によるクロスチェック、○実験検証は高速炉での使用温度範囲(固化<550℃)で評価であり、何れの項目も妥当性あるいは問題のないことを確認している。

② ナノ流体の物性および特性に関する知見
 原子間相互作用と相関する物性の他に、原子炉冷却材としての適用性を判断するために必要となる物性として、融点、比熱、密度および粘性などを測定している。融点は実用取扱い上ナトリウムとの差はなく、それ以外の物性も目標とする分散量(<5at%) の場合、ナトリウムに比べて2〜4%程度の差異に留まり、原子炉における熱輸送要件としては殆どナトリウムと同程度であることを確認した。これは、提案概念の要点である「粒子径を小さくすることにより比表面積(ナトリウム原子との接触割合)を増大させて原子間相互作用による反応抑制効果を期待し、同時に、粒子が小さければ低分散量となるのでナトリウムの有する優れた伝熱流動性能を維持する」という条件の充足を示す結果である。これらの物性は、前述の表面張力や蒸発速度などを含めて、高速増殖炉での使用温度範囲(200〜550℃、固化‐溶解の相変化を含む)をカバーするデータとして概ね整備ができている。これらの物性測定に加えて、伝熱特性や流動特性に関しても実験での確認を進めている。

③ 反応抑制に関する知見
 原子間相互作用が反応に及ぼす影響(効果)として、水および酸素との反応について現象を把握し、反応抑制の要因とメカニズムを評価している(主として前年度までに報告)。評価の切り口は反応速度および反応熱量とし、現象の切り口は反応過程に着眼した表面反応および気相反応として、熱と物質の移行挙動や特性に関わる知見を整備している。主な知見は次のとおりである。○反応速度緩和、○反応熱量(発生熱量)低下、○表面反応挙動(酸素影響、温度影響)、○気相反応挙動(蒸発挙動と反応抑制の関係)などが蓄積されている。これらは反応抑制に関わる基本的な知見であり、原子間相互作用との相関性が確認されている。

(3)ナノ流体成立に必要な基盤技術開発

 ナノ流体実現のための基盤技術として、ナノ粒子製造技術開発を行っている。候補となる金属元素Tiを代表としてナトリウムに適合する粒子の微細化技術開発を進め、現在までに目標の粒子径5〜10nmを達成している。また、ナトリウム中への粒子分散技術は、原子間相互作用の研究から、粒子表層(ナトリウム原子との界面)で電荷の偏りが生じ、粒子間に静電的斥力の存在の可能性が明らかになっており、それを裏付ける事実として、実験によりナトリウム中の粒子構造、安定性(懸念された粒子径の成長がないことなど)ならびに固-液相変化を含む温度変化に対する分散安定性や反応抑制効果の維持が確認されている。

2.2 原子炉への適用性評価

 原子炉の設計、運転・制御等の広範な視点から冷却材としての適用上考慮すべき事項を整理して検討を行っている。これまでに、机上検討や実験検証により適用性が確認されつつあり、懸念される構造材料との共存性や不純物との相互作用も特段の問題がないことが明らかになってきた。
 また、ナノ流体を原子炉適用した効果の予測として、蒸気発生器伝熱管破損によるナトリウム-水反応事故およびナトリウム漏えい火災事故を対象に、反応抑制効果の実験データや物性測定データを基に、原子炉での効果の予測している。燃焼火災については、本書の第1節に報告したように、燃焼温度の顕著な低下によって構造物への熱的負荷が大幅に軽減できるものと予測され、併せて反応の自己終息の可能性が示されていることから大きな効果が期待できる。また、水反応については、これまでにも、反応温度の低下によって伝熱管の高温ラプチャが回避できる見通しが得られているが、現在、反応抑制実験の最新データを反映して、その効果の予測評価を行っている。今後、これらの結果を踏まえた安全性、経済性に優れた原子炉冷却系システムを検討し、革新的適用概念をまとめる。

3.今後の展望

 ナノ粒子の分散によるナトリウムの化学的活性度抑制の概念の成立性およびそのメカニズムが明らかになるとともに、顕著な反応抑制効果が確認された。同時に、原子間相互作用に関わる基礎的知見、反応現象や抑制メカニズムに関わる知見の蓄積が進み、原子炉での有効な効果が期待できることから、ナノ流体の特性を活かした魅力ある概念を提示する予定である。併せて、所期の目標達成の見通しが得られてことから、革新技術の成立性確認の段階から、次の開発ステップである工学実証に進めるための開発計画を策定する予定である。これにより、より高い安全性と経済性を実現し、社会重要性に優れたナトリウム冷却型高速増殖炉システムの実現に寄与できるものと確信する。

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