原子力システム研究開発事業

HOME研究成果平成21年度成果報告会開催資料集>温度スイングクロマト分離法のための感温性ゲル抽出剤の開発

平成21年度成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

温度スイングクロマト分離法のための感温性ゲル抽出剤の開発

(受託者)国立大学法人東京工業大学
(研究代表者)竹下 健二 東京工業大学資源化学研究所
(再委託先) 国立大学法人神戸大学、独立行政法人日本原子力研究開発機構

1.研究開発の背景とねらい
Fig. 1
Fig. 1 TPEN誘導体を導入した感温性ゲルによる金属イオンの分離回収

 本事業では溶媒抽出の優れた分離機能を活かし、溶離剤使用量を極限的に削減できる合理的な分離技術として、「感温性ゲルを用いた温度スイングクロマト分離法」のMA/Ln分離への適用性を明らかにする。この分離法では、体積相転移現象と呼ばれる「ポリマーネットワークの立体配置(コンフォメーション)が温度によって大きく変化する感温性ゲル特有の現象」を利用し、ポリマーネットワーク上に導入した高機能配位子と目的金属イオンの錯形成能を温度によって制御することにより、目的金属イオンの抽出、分離、溶離を温度条件の操作だけで達成する。Fig.1に本概念のコンセプトを示す。感温性ゲルは体積相転移を起こし、抽出性官能基(TPEN)周囲の化学環境を大きく変化させる。膨潤状態(体積相転移温度より低温)では、高分子鎖は水和され、親水性を示し、収縮状態(体積相転移温度より高温)では、高分子は脱水和され、疎水性を示す。こうした化学環境の変化とゲルの膨潤・収縮に伴う抽出性官能基の形状の変化によって目的金属イオンがもっとも配位しやすい温度が決定される。その最適温度よりも低い場合でも高い場合でも金属イオンと抽出性配位子間の錯体形成の安定度は低下する。例えばFig.1のように高温域に最適温度がある場合は、高温で金属を吸着しやすく、温度スイング操作を行うと高温で金属イオンを吸着し、低温で脱離させる(高温吸着・低温脱離)ことで金属の分離回収が可能になる。低温域に最適温度がある場合には、Fig.1とは逆の温度特性(低温吸着・高温脱離)を示す。従来の抽出技術では、強力な錯形成剤を用いたりpH等の液性を変化させたりすることで、錯体形成の平衡関係を制御して抽出、逆抽出操作等を行うことから多量の化学物質が必要とされたが、本概念では、感温性ゲルの体積相転移現象を利用して、相互作用部位のコンフォメーションやゲル内部の親疎水性を変えることで錯形成能を制御することから、特異な溶離剤を用いることなく、温度操作のみで目的金属イオンの分離回収が可能になる。従って、溶離剤使用量は大幅に抑制することが可能であり、溶離剤は水(金属が沈殿しない程度の微酸性の水)で十分である。
 本事業では、TPEN(N,N,N’,N’-tetrakis(2-pyridylmethyl)ethylenediamine)誘導体の感温性ゲルへの導入を試み、その3価MA分離能を調べる。温度スイングクロマト分離技術によるMA/Ln分離プロセスの確立のため、以下の3研究項目、(1) 三価MAを高選択吸着する感温性ゲルの開発、(2) 感温性ゲルを導入したクロマト分離剤の開発、(3) 温度スイングクロマト分離プロセスの開発を通して、温度スイングクロマト分離プロセスのMA分離への適用性を明らかにする。

2.研究開発成果
(1) 三価MAを高選択吸着する感温性ゲルの開発

 TPEN誘導体を含む感温性ゲル合成の高度化とゲルの高MA分離能力の発現を目指して、①TPEN誘導体の高効率合成技術の開発、②ピラジン型TPEN誘導体の合成、③TPEN誘導体を含む感温性ゲルの合成、④TPEN誘導体を含む感温性ゲルのMA/Ln分離試験について検討した。

Fig. 2
Fig.2 クロロメチルピリジン誘導体とエチレンジアミンの反応によるTPPEN合成

① TPEN誘導体の高効率合成技術の開発
 TPEN誘導体の前駆体であるアリル基をもつクロロメチルピリジン誘導体の合成方法を検討し、合成収率を33%から79%に倍増させることに成功した。次にクロロメチルピリジン誘導体とエチレンジアミンからTPEN誘導体を合成する反応の高効率化を検討した。クロロメチルピリジンが親水性である場合(水・非水二相系の反応)と疎水性である場合(長鎖アルキル基を導入する非水系反応)に分けて最適な溶媒系、相間移動触媒を調べ、従来10%以下の合成収率であったものを70%以上に高めることに成功した。こうした研究の結果、前駆体合成を含むTPEN誘導体合成の全合成収率を従来の3%から30%以上に向上でき、Fig.2に示すような大量合成が可能な合成ルートが確立できた。

② ピラジン型TPEN誘導体の合成
 TPEN誘導体の性能を向上するためにはTPENのピリジン基へのプロトネーションを抑制する必要があるが、その抑制のための一つの方法としてTPENに含まれる4つのピリジン基をピラジン基に置き換えることが有効である。Fig.3に示すアルキル化法によりエチレンジアミンと4倍量のクロロメチルピラジン誘導体を反応させて、アルケニル基を有する4つのピラジン基を導入したTPEN誘導体(TBPZEN)の合成に成功した。TBPZENのEu錯体構造について分子力学計算を行ったところ、この錯体はTPEN-Eu錯体と同様の基本構造を持ち、TPEN-Eu錯体よりもエネルギー的に安定度が高いことがわかった。

Fig. 3
Fig. 3 重合性官能基を導入したピラジン基を四個もつTPEN誘導体の合成経路

③ TPEN誘導体を含む感温性ゲルの合成
 ①、②で合成したアルケニル基を有するTPEN誘導体及びピラジン基導入TPEN誘導体は感温性モノマーであるNIPA(N-イソプロピルアクリルアミド)と共重合することで感温性ゲルを合成できた。これらのゲルは温度変化によって体積相転移(30℃より低温で膨潤、高温で収縮)を起こし、感温性ゲルであることを確認した。

④ TPEN誘導体を含む感温性ゲルのMA/Ln分離試験
 TPEN誘導体を含む感温性ゲルのAm抽出能の温度効果を確認できた。Am/Ln分離能はTPEN誘導体に導入したアルケニル基の鎖長によって影響され、鎖長はC3程度(プロペニル基)が最適であった。プロペニル基を導入したTPPENとNIPAの共重合ゲルでは、高温(45℃)、pH5で20のAm /Eu分離係数が得られた。ピラジン基導入TPEN誘導体による感温性ゲルでは低温抽出・高温脱離の傾向を示し、低温(5℃)、pH6でAm/Eu分離係数26が得られた。

(2) 感温性ゲルを導入したクロマト分離剤の開発

 前節で確立された合成手法に基づいてTPEN誘導体を含む感温性ゲルの高効率合成が可能になったが、ゲルはソフトマテリアルであり、それを直接分離プロセスに用いることは難しい。そこで、ゲルを硬い多孔質ガラスの中に塗布したクロマト分離剤の合成を試みた。①多孔質ガラスへの感温性ゲルの塗布技術の開発と②合成されたクロマト分離剤のAm/Eu分離特性を調べ、クロマト分離剤の温度スイングクロマト分離プロセスへの適用性を検討した。

① 多孔質ガラスへの感温性ゲルの塗布技術の開発
 多孔質ガラス粒子のゲル塗布法として分子結晶成長法(小径多孔質ガラス粒子を略最密充填して、モノマー溶液が粒子層下部から上部へ、針状結晶形成を伴いながら自発的に浸透するモノマー含侵法)を提案した。TPPEN-NIPAゲルを細孔内に均質に塗布したクロマト分離剤を合成した。Cd(II)を使った温度スイング試験を行い、作製されたクロマト剤が安定した温度スイング吸脱着特性を示し、細孔内でゲルの膨潤・収縮を繰り返しても構造破壊しないことを確認した。ゲルの塗布前後の粒子内部のSEM観察結果をFig.4に示す。塗布されたゲルは膨潤・収縮によってもガラス粒子の細孔を閉塞することもなく、充填カラムで使用した場合にも、ゲルの膨潤時に圧力損失が増加することはなかった。

Fig. 4
Fig.4 ゲル塗布前後の多孔質ガラスのSEM観察

② クロマト分離剤のMA/Ln分離試験
 MA/Ln分離試験にはゲルの塗布条件の異なるクロマト分離剤を用い、Am,Euの吸着容量及びAm/Eu分離のpH依存性を調べた。クロマト分離剤のAm吸着の温度特性は高温吸着・低温脱離型であった。Fig.5にはTPPEN-NIPAゲル塗布クロマト分離剤に対するAm吸着量の温度スイング特性とAm/Eu分離試験の結果を示す。5℃と40℃における分配比の差は10倍以上、分離係数は最大27が得られた。温度スイング操作に対して安定したAm吸着特性を示した。「分子結晶成長法」で合成したゲル塗布多孔質ガラスは高いAm/Eu分離係数と温度スイング操作に対する安定した吸脱着特性を示し、温度スイングクロマト分離プロセスに適用可能であることがわかった。

Fig. 5
Fig.5 TPPEN-NIPAゲル塗布クロマト分離剤の温度スイング試験
(3) 温度スイングクロマト分離プロセスの開発

 合成されたクロマト分離剤を用いて①耐放射線性試験と②Am/Euカラム試験を行い、温度スイングクロマト分離プロセスのMA分離回収への適用性を調べた。

① 耐放射線性試験
 感温性ゲル(TPPEN-NIPAゲル)にγ線照射(照射量10kGy)及びα核種の保持(1週間)を行った後、Am/Eu分離性能の変化を測定した。γ線照射、α核種保持のいずれの耐放射線試験においても、Am分配及びAm/Eu分離性能に有意な変化は認められなかった。更にTPPEN-NIPAゲルを塗布したクロマト分離剤に最大吸収線量500kGy(実MA回収プロセスで推定される年間吸収線量の350倍)のγ線を照射したが、100kGyまではγ線照射による吸着・分離性能の低下は見られず、本クロマト分離剤の放射線影響は小さいものと結論した。

② 小型カラムによるMA/Ln分離試験
 低温吸着・高温脱離型のTPPEN-NIPAゲルを多孔質ガラス粒子(粒子径50 μm、平均細孔径400nm)に「分子結晶成長法」で塗布したクロマト分離剤を合成し、ガラスカラムに充填(充填量0.2g-wet)した。Fig.6には、図(a)にAm破過曲線を、図(b)に各温度(5℃と40℃)でのAm吸着平衡位置を示す。温度変化に伴うTPPENのプロトネーション状態の違いにより低温でAmが吸着されやすい。241Amを50Bq/ml含む水溶液(pH3.8、イオン強度0.01M)を通液して、40℃、0.1ml/minでAmを破過させた後、カラム温度を5℃に降温して再度Amを破過させた。その後40℃にカラムを昇温すると、流出液中にフィード溶液のAm濃度の7倍に相当する高濃度Amが測定された。このときのAm溶離量は吸着工程のAm吸着量とほぼ一致し、温度スイング操作のみでAmを吸脱着させることに成功した。またこの試験の他に、241Am、152Euの混合溶液を用いたカラム試験を行った結果、カラム内にAmのみを選択吸着させることができ、Amをほぼ単離できることを明らかにした。

Fig. 6
Fig.6 TPPEN-NIPAゲル塗布クロマト分離剤カラムの温度スイング試験
3.今後の展望

 コンパクトな温度スイングクロマト分離カラムでMAの連続回収を行う場合、MAの脱離速度の向上と高酸性域で機能するTPEN配位子の開発が必要とされる。MA脱離速度の向上には、ゲルの薄膜塗布技術の開発、ゲルの多孔質化技術の開発、コアシェル型多孔質ガラスの開発などの研究を進める必要がある。高酸性域で機能するTPEN配位子開発では、Fig.7に示すようにハードソフト混合型配位子の開発、プロトネーション抑制型TPEN誘導体の開発を進める必要がある。

Fig. 7
Fig.7 高酸性域で機能する新型配位子
■ 戻る ■
Japan Science and Technology Agency 原子力システム研究開発事業 原子力業務室