原子力システム研究開発事業

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平成21年度成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

ナトリウム流動の可視化による高速炉 気液界面・速度場の計測制御に関する研究開発

(受託者)国立大学法人大阪大学
(研究代表者)福田武司 大学院工学研究科
(再委託先)独立行政法人日本原子力研究開発機構

1.研究開発の背景とねらい

 将来のエネルギー戦略上、高速増殖炉の開発は必須の要件であり、もんじゅの運転再開に際して、万全を期した機能試験が現在精力的に進められている。しかるに、1995年の2次冷却系ナトリウム(Na)漏洩事故や2004年の美浜発電所3号機2次系配管破損事故は、ともに冷却材の流動にともなう機械的振動と浸食による構造材の疲労・減肉が原因である。運用管理面の問題は兎も角、これらは原子炉の安全工学基盤が盤石でなく、流れの動力学に係わる基礎研究のさらなる充実が必要とされる証左である。また、経済性の向上を目指して高速増殖炉の小型高出力化や構成機器の機能統合に関する検討が近年重点的に進められているが、構造の複雑化と冷却材流速の増大に伴う流れ場の乱れに起因する問題が同時に危惧されている。
 一方、導電性の高効率熱伝達媒質である液体金属は、重要な機能材料として従来より注目されている。本事業では、最先端の非線形波長変換技術を駆使した真空紫外(VUV)域高出力光源を開発し、人間の目には美しい鏡面に見える液体NaがVUVの目には半透明であることを検証する。また、VUV光を効率的に散乱する追跡元素を添加して、輝度分布の2次元画像を観測することにより、液体Na内部における流れ場の可視化を実現し、高速炉の気液界面計測に応用する。さらに、機械的な外部摂動に対する応答特性や渦の生成消滅過程に係わる動力学的な挙動を詳細に解析して、流体エネルギーの散逸過程を明らかにするとともに、大規模渦模擬計算(LES)の結果との比較検討を行うことによって、従来の理論模型を検証する。さらに、導電性の作動流体であることを鑑みて、電磁場(ローレンツ力)による乱れの構造制御に踏み込んだ基礎研究を展開し、原子力を始めとする幅広い分野における技術開発に資する学術基盤の構築を目的とする。

2.研究開発成果
図1
図1 液体ナトリウム充填の様子と試作開発した観測窓
図2
図2 ナトリウム透過光2次元画像(透過厚>7mm)

 高速増殖炉の冷却材として有力なNaの基礎光学物性は、分光学が活発であった1930-60年代にWood[1]やIves[2]、Sutherland[3]らによって詳しく調べられたが、基準光源の制約により、反射率が顕著に低減するプラズマ端波長(216nm)以下のVUV領域では報告例がない。しかしながら、最外殻電子数が1個の第一族アルカリ金属元素は、高周波電磁場との相互作用が少ないことから、VUV光にたいする消衰係数が低く抑制され、過去の報告例を短波長側に外挿すると0.1-0.2m程度の厚みを持つ液体Naが半透明になると予想される。また、透過光計測と近年における技術開発の進展が特に目覚ましい粒子画像速度計測(PIV)法を組み合わせることにより、気液界面現象の透視画像観測のみならず、過去に例を見ない液体Na内部の速度場計測や渦構造の観測までもが実現可能になると考えられる(超音波やX線・中性子では不可能)。一方、DC磁場環境下における液体金属流れの圧力低下は、大阪大学の宮崎[4]やKim[5]らによって確認されているが、ハルトマン流(磁場が作用した流れ)の詳細な解析には至っていない。電磁場下における液体金属の挙動は、高速増殖炉のみならず、核融合炉やMHD(電磁流体力学)発電等でも重要な研究対象であり、直交する電磁場の印加による流れ場の応答特性に関する研究は、国内外の当該分野における今後の展開に大きく寄与するものと考えられる。
 以上を踏まえ、平成18-20年度に大阪大学環境・エネルギー工学専攻の関連5講座と原子力研究開発機構の連携で、本事業を実施した。その結果、325℃の液体Naに接する可視化観測窓の開発に成功するとともに(図1)、液体Naの反射率が10%以下であること並びに波長157nmにおける消衰係数が、文献[1-3]を基にした外挿値に概ね一致し、誘導ラマン散乱[6]に基づく非線形波長変換技術を援用した出力30mJのVUV光源(独Lambda Physik社製LPF-220)を用いて最大(0.18-0.2)mの厚みを持つ液体Naの透視が可能であることを実証した(図2)。以下、透過散乱光を用いた速度場計測と流れ場の電磁場制御を含む事業成果の詳細を記す。

【観測窓の開発・Na光学物性の検証】

 負の酸化還元電位が顕著に高い液体Naは腐食性が強く、一般に焼結セラミック材料との適合性が低いと考えられている。本事業では、VUV観測窓の材料として単結晶のMgF2とCaF2を選定し、2mm厚で直径20mmの基板を325℃の液体Naに各々1ヶ月間浸漬し、取り出した後に機械強度試験や試験試料表面の電子顕微鏡観測に加え、特性X線成分元素分析やVUV域分光透過率測定を実施した。その結果、酸化還元電位がNaより大きい(Li>Ca>Na>Mg) Caを成分とするCaF2が6箇月以上の耐用性を示し、観測窓として適用可能であることが分かった。しかしながら、機械強度の半減と化学反応(0.5MgF2+Na→NaF+0.5Mg)による試料表面の劣化に加え、Na元素の母材侵入(深さ約20μm)を確認したMgF2の方が浸漬後の分光透過率が約4倍高かったことを鑑み、長期間の浸漬を伴わない基礎試験にはMgF2、工学用途にはCaF2が適していると判断した。また、Inconel X-750表面に窓材との親和性を考慮してNiを蒸着したU字型シール材の実用性を明らかにした。一方、VUV域における液体Naの光学物性に関しては、消衰係数が(4.1±1.5)×10-8であり(波長157nm)、試験で用いたF2レーザーの出力30mJと検出器の感度(量子効率12%)から実証試験規模(透過液体Naの厚み)を0.1mに設定した。

【Na流動場計測制御試験装置の開発】

 大規模数値計算の結果を基に設計製作した検証試験装置は、全長15mに及ぶ液体Na循環駆動系を有し、水平流動試験部と鉛直流動試験部に各々上述のVUV用観測窓が計8個設置されている(図3)。右上に見えるのが、20L/sの駆動能力(最大Na駆動速度1.5m/s, Re=2.4×104)を持つ電磁ポンプと速度場計測用追跡元素分散装置である。また、液体Na循環系には不純物捕獲装置を設置し、透過計測に支障をきたす酸化物の除去を図った。
 高圧(1MPa)高純度(99.99999%)水素ラマン・セルから出射されたVUV光は、米国McPherson社製234/302型分光器による波長同定のため分岐される成分を除き、90%以上が観測窓に導かれ、液体Na内部を透過する。透過成分の追跡元素によるVUV散乱光(2準位系誘導放出蛍光)は、2次元画像として高速カメラ(英国アンドールテクノロジー社製DH734i-18F-05型画像変換撮像素子)で捉えられ、PIV(粒子画像速度計)技術を用いて速度場情報に変換される仕組みである。また、後述の乱流制御に関連して、最大中心磁場0.8Tの電磁コイル2基と電圧(最大0.6kV)印加用電極4組が水平部の流路を取り囲むように配置されている(図3左側)。さらに、本装置はNa循環流路内に熱絶縁した機械的構造物を挿入し、カルマン渦の生成や表面波の励起など、流れ場に外部擾乱を与える機能を有する。光源となるF2レーザーとNd:YAGレーザーは、各々図3右側と左側上部に配置されており、中央部下側のガス制御部で高純度(99.9995%)アルゴンガスを用いた差圧制御により充填される液体Naの流れと光軸が計4箇所(水平部3箇所と鉛直部1箇所)で交差する設計である。

図3
図3 試験装置の外観(主要構成部の全長5m×奥行1.5m×高さ2.7m)
【速度場の計測・電磁気制御試験】
図4
図4 磁場印加領域中心断面での平均2次速度分布(ハルトマン数5)

 後述の液体Na中における渦構造の微細観測や電磁場の印加による実時間フィードバック制御の基盤となる速度場計測に関しては、試験装置(図3)を用いた予備試験で、粒径50μmのSi(シリコン)を追跡元素として125℃の液体Na中に分散し、F2レーザー基本波長157nmで励起したが、流速変化(駆動用電磁ポンプの電圧変化)に対応する応答は確認出来たものの、PIVによる速度場の評価に耐える十分な誘導放出蛍光強度を得ることが出来なかった。この結果を踏まえ、今後は、励起(観測)波長と追跡元素の最適化を目指す。具体的には1-4次の反ストークス波長(誘導ラマン散乱の短波長側成分)で励起したC(炭素)等の誘導放出蛍光を観測する他、補助光源(Nd:YAGレーザーの6逓倍波等)を用いた多段階励起にVUV分光器と2次元画像観測装置を組み合わせた3準位系分光計測による速度場評価精度の向上を試みる計画である。
 その他、Na流動の直交電磁場に対する応答特性を調べる予備的な試験検討を実施した。これは、ローレンツ力による流れ場の構造制御に踏み込むものであり、原子力を含む幅広い分野における技術開発に資するところが大きい。たとえ数m以上の実用規模で速度場計測ができなくても、基礎研究で得られた知見を理論模型や数値計算に組み込むことにより、構造設計に反映することができる。試験では定量化に及ばなかったが、これまでに実施したLESによる予備的な評価では、想定される試験規模でハルトマン流れの影響を示す非常に明確な旋回成分を観測可能であるとの結果が得られている(図4)。また、0.5T程度の外部磁場で明確に乱流特性が変化することや、同一面積であれば複数に分割した磁場の印加が有効であることを数値的に確認しており、今後これらを実験的に検証する。さらに、流れ場の構造計測の結果を基に印加する電磁場の強度をフィードバック制御する革新的な試みを併せて実施する計画である。将来、VUV域における数100mJ-1J級の高出力光源が開発できれば、実際に高速増殖炉に適用できる可能性があり、引き続きその制御特性を明らかにすることを目的とした基礎研究を展開する計画である。

【ガス巻き込み現象の評価手法確立】
図5
図5.解析体系と液面近傍流速場
図6
図6.流速分布の比較(液面下10mm)

 さらに、応用研究の一環として高速炉におけるガス巻き込み現象[7]の評価手法確立に資するため、Na試験と同一の構造寸法を持つ試験装置で水模擬ガス巻き込み実験を行い、原子力機構で開発した数値解析手法を援用した比較検討を実施した。その結果、本手法による熱流動解析で、渦の形成位置や渦の回転方向などが再現できることを明らかにした(図5-6)。水流動試験については、試験結果と比較して流入流速及び吸込流速の増加に伴って予測されるガスコア長さが吸込配管と液面の距離より長くなり、ガス巻込みが発生しやすいと云う結果が得られた(図7)。一方、Na体系に関しては、検証試験でのガス巻込み発生条件と比較して、ガスコア長さから求めたガス巻込み発生条件を過大(発生しやすく)に評価することがわかった。さらに、水流動試験とNa試験結果ではガス巻込み発生条件がほぼ同じだったのに対し、数値解析によるNa試験体系でのガスコア長さは、水流動試験体系の評価結果よりも大きくなった。これは、現在のガス巻込み評価手法では、物性値として動粘性係数のみを考慮する渦モデルを用いていることが一つの原因となっていると考えられ、今後のガス巻込み評価手法の開発内容として、動粘性係数に加えて表面張力や液面の取扱いを含む検討を行う必要があることが明らかになった。以上の結果から、ガス巻込み評価手法をNaに適用した場合、ガスコア長さを過大に評価するものの、安全側に評価する結果となることが分かった。
 さらに、Na中での窪み渦によるガス巻き込み現象について、自由液面の可視化画像と巻き込まれたガス量の検出を基にガス巻込み状態を判定し、水流動試験との比較によって、物性の差異によるガス巻込み現象への影響を評価した。その結果、比較的水平流速の小さい条件(入口流速<0.15m/s)では、表面張力の大きいNaの方が水に比べて、ガス巻込みが発生しにくいことを明らかにした。また、水平流速が大きい場合(入口流速>0.2m/s)は、液面の乱れにより相対的に表面張力の影響が低下するために、水とNaでほぼ同じガス巻込み発生条件を有することを初めて明らかにすることができた。すなわち、その発生を防止する必要があるガス巻込み現象について、水流動試験の援用により、Na体系でのガス巻込みを安全側に評価できることが分かった[9]。

3.今後の展望
図7
図7. 水・Na体系ガス巻き込み発生領域比較マップ

 液体Na内部における速度場の可観測性を示唆する結果を得たが、評価精度の向上が今後における展開の鍵を握る。前述の3準位系分光計測に重点を置いた励起(観測)波長と追跡元素の最適化の他、試験温度依存性や追跡元素の粒径の寄与に関する知見を蓄積するとともに、機械的な外部摂動に対する速度場の応答特性や渦の構造形成に係わる動力学的な挙動を詳細に解析し、液体Na体系における流体エネルギーの散逸過程を明らかにするとともに、LESの結果との比較検討を行い、従来の理論模型を検証する計画である。一方、ガス巻き込み現象の解析に関しては、動的に発達・消滅を繰り返す窪み渦に対して流体物性の影響を評価した意義は大きく、数値解析の検証と適用性の検討を行う上での貴重な実験データベースを構築できた。本事業で得た成果を基に液体Naを対象にした気液界面現象の物理機構解明に向けた研究を今後発展的に実施する予定である。

4.参考文献

[1] P. W. Wood, Phys. Rev., 44(1933)353.

[2] H. E. Ives, H. B. Brigs, J. Opt. Soc. Am. 27(1937)181

[3] J. C. Sutherland, E. T. Arakawa, R. N. Hamm, J. Opt. Soc. Am. 57(1967)645.

[4] K. Miyazaki, S. Inoue, N. Yamaoka, T. Horiba, K. Yokomizo, Fusion Technol., 10(1986)830.

[5] H. R. Kim, J. E. Cha, J. M. Kim, H. Y. Nam, B. H. Kim, Nucl. Eng. Des., 238(2008)280.

[6] A. Yariv,“Quantum Electronics”(Whiley, New York, 1975)2nd ed.

[7] 大島宏之他, ナトリウム冷却高速炉の自由液面ガス巻込み現象の評価, 日本原子力学会2006年春の年会, 熱流動部会企画セッション, TD26, p.733-736, 2006.

[8] T. Takata, A. Yamaguchi, M. Tanaka, H. Ohshima,Proc. ICONE14: Inter. Conf. Nucl. Eng., ICONE14-89608, Jul. 17-20, Miami, Florida, U.S.A., 2005.

[9] N. Kimura, T. Ezure, H. Miyakoshi, H. Kamide and T. Fukuda, 'Experimental Study on Gas Entrainment due to Non-stationary Vortex in a Sodium Cooled Fast Reactor-Comparison of Onset Conditions between Sodium and Water-,'ASME Journal of Engineering for Gas Turbines and Power(印刷中).

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