原子力システム研究開発事業

HOME研究成果平成21年度成果報告会開催資料集>放射性廃棄物エネルギー有効利用のための新技術開発

平成21年度成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

放射性廃棄物エネルギー有効利用のための新技術開発

(受託者)国立大学法人名古屋大学
(研究代表者)吉田朋子 エコトピア科学研究所
1.研究開発の背景とねらい

 地球温暖化と公害の観点から見れば原子力が最も優れたエネルギー源であることに疑いの余地はない.しかし,これまでに原子力の平和利用をためらわせている大きな原因であった放射性廃棄物の問題が解決されたわけではなく,原子力発電所の増設は,放射性廃棄物の増大をもたらし,問題を増幅する懸念すらある.日本においても廃棄物を文字通り廃棄(処理処分)することを前提として,放射性廃棄物の研究には多大な精力とお金がつぎ込まれているが,最終処分地を決め ることは出来ていないし,廃棄物の保管にすら国民が懸念を示しているのも事実である.このような放射性廃棄物の有効利用,すなわち放射性廃棄物の持つ低密度放射線エネルギーを,地球環境問題を低減化する様々な技術に有効に利用できれば,放射線ひいては原子力利用の社会的受容性を高めるに極めて有効であろう.
 本研究開発では,高速炉使用済燃料中に多く含まれる高レベル放射性廃棄物の持つエネルギーを有効利用するため,放射線―固体相互作用(コンプトン・光電効果等)によって放射線を化学反応に適した数十eV 以下の多数の光子・電子へ変換する技術開発を実施することを目的とする.具体的には,放射線を固体材料に照射し,その固体材料の種類及び幾何学的構造の制御によって発生する光子・電子の数及びエネルギーを最適化し,様々な化学反応の促進を図ることを目的とする.

2.研究開発成果
図1
図1 金属板で挟まれたCO2層の1層当たりの吸収エネルギーとCO 生成量の関係
(実験条件:CO2 0.007μmol にγ線照射(5.8kGy)

 放射線−固体相互作用を利用した二酸化炭素の分解実験を行った.この実験では,反応容器の中に二酸化炭素と固体材料を共存させ,外部からの放射線照射により一酸化炭素に分解した.固体材料の構成元素や形状などを選択しながら二酸化炭素の分解反応実験を実施し,一酸化炭素発生量について評価した.ステンレス製容器(150ml)に二酸化炭素ガスと各種金属板 (Fe, Ni, Mo, Pb,金属板1枚当たり44.5mm×13mm×0.5mmtの金属板) 25枚を入れてγ線照射し,一酸化炭素生成量を比較した結果,予想通り二酸化炭素のみに照射した場合よりも,金属板を入れた方が一酸化炭素生成量が5倍以上増加した.また図1に示すように金属板の原子番号が大きいほど生成量が増加する傾向が認められた.即ち,二酸化炭素のような安定な気体分子であっても,γ線―固体相互作用によるエネルギー変換を行えば,効率的な分解が可能であることを確認した.また金属板によって挟まれる二酸化炭素層の吸収エネルギーをMCNPコードにより計算した結果,一酸化炭素生成量は吸収エネルギーに比例して増加することが明らかとなった.この結果は,各実験体系に対して予め吸収エネルギーを計算すれば一酸化炭素生成量を予測できることを意味している.また計算した吸収エネルギーを用いて二酸化炭素生成のG値を求めたところ最大で2.7という値が得られた.
 一方,γ線―固体相互作用により固体材料から発生した電子による効率的な分解を行うため,固体材料として吸着剤の利用も検討した.吸着剤としては,Molecular Sieve 4A,Ga2O3,SiO2を利用したが,どの吸着剤を用いても一酸化炭素の生成は認められなかった.吸着による二酸化炭素分子の安定化や固体表面による触媒的な再結合促進がこの原因として考えられ,分解反応は固体表面近傍で起こっていると考えられるが,固体表面への反応分子の吸着は,必ずしも効率的な分 解を促さないことも明らかとなった.
 放射線―固体相互作用を利用した水溶液中有害有機化合物の分解も試みた.環境ホルモンの一つであるフタル酸を対象に,実際の環境水溶液中に拡散した濃度(20ppm)に合わせてγ線照射による分解実験を行った.この結果,フタル酸水溶液10ml に150Gy で5分間照射しただけで97%分解することを見出し,環境ホルモンの毒性発現部と考えられるベンゼン環が本手法で速やかに分解され無害化されることが分かり,大きな分子であっても分解が可能であることを見出した.この時,フタル酸溶液にFe の板を共存させると,ベンゼン環の分解は更に効率的に(2倍の反応速度で)進行することも確認した.
 環境ホルモンと共存する固体材料の構成元素の種類,厚さ等の形状制御によって環境ホルモン毒性発現部の更なる分解効率向上を図った.具体的には,上記フタル酸水溶液に各種金属片(Pb,Mo,Ni,W,Fe,Al)を入れ,γ線照射を行った.水溶液中に原子番号の高い材料を入れると特にベンゼン環の分解効率は向上することを確認したが,γ線を照射するとほぼ全ての固体材料から金属イオンが水溶液中に溶出し,有機化合物と安定な錯体を形成するという問題点も見出された.
 (錯体形成率80%以上と考えられる)一度安定な化合物を形成すると,その後γ線照射を続けても分解効率が極めて低下することが示唆されたため,水溶液中の有害有機化合物の分解においては,γ線照射そのもののベンゼン環分解効率(即ち毒性部分解能力)の高さを優先し,あえて固体材料を共存させない方が良いとも思われる.或いは固体材料を共存させる場合には,水や放射線に安定な元素,例えばAu などを利用することも考えられる.
 一方,γ線以外の光(紫外可視光)を照射した実験も行い,比較した.フタル酸溶液にTiO2系触媒を入れ紫外可視光照射を行った結果,ベンゼン環の分解に関してはγ線照射ほど速やかではないが,TiO2 触媒の水中への溶出も起こらず,徐々にフタル酸は分解されることが分かった.また紫外可視光照射下では触媒中のTiO2粒子サイズが小さいほど分解効率が向上することが明らかとなり,これはTiO2 粒子サイズが小さくなるほどフタル酸分子の触媒への吸着量が多くなり触媒表面での分解反応効率が高くなるためと推測された.以上の紫外可視光照射実験の結果から,固体材料表面で起こる反応メカニズムについては,生成したOH ラジカル(OH・)の酸化作用によってフタル酸が分解されたと考えられる.またγ線でも紫外可視光照射下でも分解反応は同じ過程で進行することが明らかとなった.紫外可視光照射では,触媒の溶出はγ線照射に比べて起こり難いため,安定な有機化合物が生成される頻度も低く,そのため触媒表面へのフタル酸分子の吸着が多いほど,分解反応効率は高くなると推測される.

3.3年間の研究総括及び放射線エネルギーを利用した化学反応システムの提案

 放射線−固体相互作用を利用したγ線の低エネルギー(数eV〜数十eV)電子への変換を行う事によって様々な化学反応を促進させ得ることを本研究において実証した.即ち,固体表面から反応場に放出される低エネルギー電子の密度をできる限り高くする事が,放射線エネルギーを利用した化学反応システムデザインにおける重要な鍵であることが分かった.
 また発生する電子のエネルギーや密度(数)は,γ線照射を受ける固体材料の構成元素や体積(γ線が通過する厚さ)だけでなく,反応場の体積・密度,固体材料同士の間隔に影響を受ける事が分かり,特に原子番号や密度が比較的大きな固体材料では厚さ0.5mm 程度,原子番号や密度が小さな固体材料では厚さ2mm 程度と,γ線−固体相互作用を利用した化学反応システムを構築する上で固体材料の体積(厚さ)の上限値があることも本技術開発で明らかとなった. 一方,隣接する固体材料の間隔が狭いほど,電子と固体材料との相互作用が高まることも本技術開発で見出された.従って,水や二酸化炭素などの安定な液体・気体分子を分解するための化学反応システムデザインにおいては,薄い固体材料をできる限り間隔を狭くし反応場にできるだけ多く三次元的に並べることが重要であると結論した.
 環境ホルモンの分解など,比較的大きな有害有機化合物の分解にも放射線エネルギーの利用は有効であることが明らかとなった.本手法は有機化合物の毒性発現部であるベンゼン環の分解については,特に有効であることが見出された.この分解は,有機化合物を含む水溶液がγ線照射によって生成するOH ラジカルの酸化作用によって進行する事が考えられるため,有機化合物の分解は水で希釈する希薄系で行う事が効率的と結論された.OH ラジカルを発生させるためにはγ線−固体相互作用による電子発生を利用する事が効果的ではあるが,水溶液中に共存させる固体材料からのイオン溶出により,より安定な有機化合物を形成させることが問題となった.このため,有害有機化合物分解のシステムデザインとしては,有機化合物を十分に希釈した水溶液に直接γ線照射を行い,ベンゼン環などの分解の難しい部位を切断してから,触媒材料を入れ紫外可視光照射を行うことによって徐々に分解するような,2段システムが有効と結論した.

■ 戻る ■
Japan Science and Technology Agency 原子力システム研究開発事業 原子力業務室