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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

ステンレス鋼亀裂先端部における応力印加下その場欠陥解析

(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者)前川雅樹 原子力機構先端基礎研究センター
(研究開発期間)平成21年度〜22年度

1.研究開発の背景とねらい

 ステンレス鋼は応力腐食割れ(SCC)により割れを生じ、予測されている寿命よりもはるかに早く劣化する。SCCは、ステンレス材中のクロムが炭化物を形成し、表面のクロム酸化物の不働態が破損することが原因とされている。しかしSCC抑制に効果的な低炭素ステンレス鋼でさえSCCの発生が発見され、そのメカニズムの解明が急務となっている。近年、分析透過電子顕微鏡による超高倍率観測より、非常に幅の狭い亀裂(タイトクラック)が発見されるなど[1]、SCCへの新しい考え方が展開されつつある。そこで、新たな視点から材料を解析する方法として空孔型欠陥を高感度に検出できる陽電子消滅法を適用する。我々のグループでは、陽電子ビーム径を数μmへと収束する陽電子マイクロビーム技術の開発に成功した[2,3]。これにより、従来の陽電子消滅法では適用不可能であった亀裂先端といった局所領域での測定が可能となった。本事業においては、ステンレス鋼の劣化最初期過程における格子欠陥の検出と評価を通じて、空孔型欠陥が亀裂の発生および進展に与える影響を明らかにすることを目的とする。

2.研究開発成果

 高性能陽電子マイクロビーム技術および高度測定手法の開発として、応力印加その場測定法の開発を行った。空孔の亀裂に対する寄与を明確にするために、応力印加下薄片化ステンレスの継続的な腐食環境曝露によるき裂進展とその場観察[4,5]を交互に行い、同一試料・同一亀裂近辺の空孔型欠陥分布を連続観察する手法を確立した。また高精度運動量分布計測回路の開発として、2台の高効率ゲルマニウム半導体検出器を使用した計測システムを開発し、理論計算コードの整備と併せ、欠陥構造の同定を行うことが可能となった。
 開発した測定手法を用いて、ステンレス鋼の応力腐食割れに関する基礎試験を行った。熱鋭敏化SUS304ステンレス薄膜試料に対し、亀裂先端の腐食前後での陽電子消滅パラメータ(Sパラメータ:消滅ガンマ線エネルギー分布の中心領域の強度で、価電子との消滅割合を示す。増加は空孔との消滅を示す)の分布測定を行った。応力を印加しただけの状態(腐食前)では、予亀裂から少し離れた部位でSパラメータが上昇することが見出された。Sパラメータの上昇割合は1.01程度と小さく、延性破壊におけるマイクロボイドのような欠陥集合体ではなく、応力印加によって導入された格子ひずみに起因する微細な欠陥であることを示している。この試料に対し腐食によりSCCを誘発させると、腐食前Sパラメータが上昇していた部分に亀裂が進展し、亀裂先端部では比較的大きなSパラメータ上昇が見られた。腐食作用がない場合にはこれほど大きなSパラメータの変化が見られないことから、亀裂先端付近に存在する空孔は、単純な引張応力の印加だけでは導入されておらず、腐食作用を伴うSCCの進展によりのみ導入されたと考えられる。
 図(a)は、応力印加鋭敏化ステンレス薄膜試料に発生したSCC近辺の広範囲なSパラメータ分布である。応力がほとんど印加されていない予亀裂の側部では腐食によってSパラメータ増大は見られなかったのに対し、応力印加の履歴のある部位のおいてはSパラメータの増大が見出された。Sパラメータは応力の印加から開放されたあとでも上昇したままであった。これは応力による格子ひずみではなく、塑性変形を伴うような強い力で組織が変質していることを示す。実際に22%の引張ひずみによる塑性変形試料ではSパラメータは5%以上増加した(図(b))。消滅ガンマ線エネルギー分布の比較から(図(c))、亀裂進展により応力除去された領域でのガンマ線エネルギー分布は、塑性変形試料のSパラメータ上昇部位のものと極めて良く一致し、第一原理計算から得られた単空孔のものとも良い一致を見せた。応力腐食割れ亀裂周辺での空孔導入は、塑性変形誘起空孔によるものであることが明らかとなった。これは陽電子マイクロビームによって得られたこれまでにない知見である。

図
図 (a) 応力印加下での鋭敏化SUS304薄片SCC亀裂周辺の広範囲にSパラメータ分布。(b)22%の引張ひずみを与えた引張試験片Sパラメータ分布。(c)消滅ガンマ線エネルギー分布および理論計算による単空孔のエネルギー分布。●は亀裂進展により応力除去された領域で測定されたもの、○は引っ張り試験片でSパラメータ上昇部位のもの、実線は理論計算による単原子空孔のもの。
3.今後の展望

 開発した測定手法を用い、原子炉水環境模擬での腐食、および照射試料の測定を通じて、空孔型欠陥が亀裂進展に与える影響を探る。特にタイトクラック理論で提唱されているが決定されていない空孔型欠陥の発生要因について調べていく。

4.参考文献

[1] M. Tsubota et al., Seventh International Symposium on Environmental degradation of Materials-Water Reactors, 519(1995).

[2] M. Maekawa, R. S. Yu, and A. Kawasuso, Phys. Stat. Solidi(c)6(2007)4016-4019.

[3] M. Maekawa, A. Kawasuso, T. Hirade and Y. Miwa, Mater. Sci. Forum 607 (2009)266.

[4] X. J. Li, W. Y. Chu, Y. B. Wang and L. J. Qiao, Corrosion science 4 (2003) 1355.

[5] K. W. Gao, W. Y. Chu, B. Gu, T. C. Zang, L. J. Qiao, Corrosion 6 (2000) 515.

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