原子力システム研究開発事業

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平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

原子炉型中性子小角散乱分光器群の先鋭的高度化に関する研究開発

(受託者)国立大学法人 東京大学 
(研究代表者)柴山充弘 東京大学物性研究所
(再委託先)独立行政法人 物質・材料研究機構
(研究開発期間)平成20年度〜22年度

1.研究開発の背景とねらい

 中性子散乱は日・米・欧の先進国に於ける大型中性子散乱施設を中心とした本格的利用が開始された20世紀後半以降、固体物理、ソフトマター、生体高分子などの広範囲な研究分野において多大な貢献を果たしてきた。近年、様々な研究分野からの測定要求は年々増加しており、その要求に応えるべく、米・欧では新たな大強度中性子発生源の建設、および中性子散乱装置の新設・高度化が精力的に行われている。
 一方、日本においては日本原子力研究開発機構(東海村)に新たな中性子源として大強度陽子加速器研究施設(J-PARC)のスパレーション中性子源が建設され、数台の分光器が稼働している。しかしながら、中性子スピンエコー(NSE)法を含む中性子小角散乱(SANS)法においては、パルス中性子源から得られる白色中性子を飛行時間分析法で測定する方法よりも、定常炉で得られた中性子を単色化して用いた測定のほうが測定原理上有利であるため、原子炉型SANS分光器の高度化は今後も極めて重要である。
 以上の背景を踏まえ、本プロジェクトにおいては、日本原子力研究開発機構の研究用原子炉JRR-3に設置されている東京大学物性研究所所有のSANS分光器3台(SANS-U、iNSE、およびmf-SANS)において、日本国内において精力的に開発された中性子集光技術の活用により、ビーム強度の倍増、高分解能化、および小型化(世界最小)などの世界最高水準の高性能分光器を実現することを目的とする。さらにこの分光器の高度化を通じて、「高分子科学、コロイド科学、化学工学など、広範囲な分野における物質科学研究への貢献」を図ることを目的とする。

2.研究開発成果
(1) SANS-Uの高度化に関する研究(東大物性研)
図1
図1:コリメーション長(L1)が12m、8m、4m、2m位置にそれぞれ設置されたソースアパーチャー(写真はL1=12m位置に設置したソースアパーチャーを掲載). 最大4種類のサイズが選択可能である. ①:φ20mm、②:20x50mm2、③: φ5mm、④: φ3mm
図2
図2: SANS-U分光器のフライトチューブ内に設置された高分解能検出器. 挿入図は新規製作した真空用検出器容器.
図3
図3:ポリスチレンラテックス(粒子径596nm)の集光型SANS(FSANS)およびピンホール型SANS(PSANS)の測定結果.
破線:多分散球(直径596nm)を仮定して計算した理論散乱曲線、実線;さらに装置分解能を考慮して計算した理論散乱曲線.

 SANS-U分光器の装置性能の向上(中性子入射強度の倍増および観測限界の向上)を目的とし、①コリメーターの高度化に関する研究および②高分解能検出器の研究開発を実施した。以下に実施内容の詳細を示す。

①コリメーターの高度化に関する研究
 ピンホール型SANS装置であるSANS-U分光器では、中性子ビームをソースアパーチャーと試料アパーチャーにそれぞれ設置された2つのピンホールを通過させることで平行度の高いビームに整形している。本研究課題では従来のものと比較して、より精密にビーム整形を行うことが可能なソースアパーチャーおよび試料アパーチャーの開発を進めた。
 図1に新規に制作したソースアパーチャーの写真を示す。制作したソースアパーチャーは、精密にビーム整形を行うために、X-Z軸の2軸の位置調整が、位置精度および位置再現性が0.1mm以下で行なえるにした。また遠隔操作により、最大4種類のピンホールを選択できるようにした。一方、試料アパーチャーもステッピングモータ駆動方式を採用することで最大3種類のピンホールを再現性よく選択できるようにした。また試料アパーチャーのピンホールサイズをφ7mmからφ10mmに変更することで入射強度の増大を図った。今後、今回導入したアパーチャー機構を活用して本格的な中性子ビーム束照準合わせ試験を進めていく。

②高分解能検出器に関する研究
 本研究開発では、既存の検出器(二次元位置敏感型3He検出器(3He-PSD)、空間分解能:5mm)と比較して空間分解能が一桁高い高分解能検出器を導入することで、従来の観測限界を一桁向上することを目的に実施した。
 高分解能検出器として抵抗分割型光電子倍増管とZnS/6LiFシンチレータを組み合わせた検出器を平成20年度に導入した。図2にはノイズ低減を目的に平成21年度に開発した検出器容器(挿入図)、および高分解能検出器を実際にSANS-U分光器に設置した様子を示す。高分解能検出器の中性子光軸への出し入れ、および位置制御が遠隔で操作できるX-Z軸駆動台に設置した。高分解能検出器を用いてデータを集積する際には高分解能検出器を中性子光軸に配置される。一方、依存の3He-PSDを使用する場合、高分解能検出器は3He-PSDの有効エリア外に配置できるようにした。
 高分解能検出器の実証試験として、粒子径が596nmのポリスチレンラテックスについて、高分解能検出器を活用した集光型SANS(FSANS)測定および従来のピンホール型SANS(PSANS)測定をそれぞれ行った。図3に測定結果を示す。高度化前の最高分解能を実現するセットアップ(試料-検出器間距離L2:12m、ソースアパーチャーサイズ:φ20mm、試料アパーチャーサイズ:φ7mm)で測定した結果も示した。観測可能な低Q値(Qmin)が高度化前では2.5×10-3 Å-1であるのに対して、高分解能検出器を活用した集光型SANS(FSANS)では3.8×10-4 Å-1であった(ここで:中性子の波長、2θ:散乱角)。この結果は、今回の高度化により、SANS-UではQminが約一桁拡張され、3.8×10-4Å-1から0.35Å-1までの約3桁におよぶQ領域をカバーできるようになったことを示している。したがって、本研究開発の目標の一つであった装置分解能を従来よりも一桁高くすることに成功した。

(2) iNSEの高度化に関する研究(東大物性研)

 中性子スピンエコー(NSE)法は、偏極中性子の磁場中での歳差運動を尺度として中性子の速度変化を評価する手法で、散乱前と散乱後の中性子のエネルギー変化(=速度変化)を評価する非弾性散乱法においては、最大の分解能を達成できる実験手法である。東京大学物性研究所が所有し、JRR-3のC2-3-1ビーム孔に設置されているiNSE分光器は、現在世界に8台存在する中性子スピンエコー分光器のうちの1台で、アジア・オセアニア・アメリカ合衆国西海岸部を含む環太平洋地域における唯一のNSE分光器である。図4にiNSE分光器の装置の写真及び装置の概略図を示す。スピンエコーが対象とする科学は、高分子、エマルション、コロイド、タンパク質などのソフトマターと総称される物質系のナノメートル・ナノ秒のメゾスコピック時空間スケールにおけるスローダイナミクスの研究に威力を発揮する。
 本事業では、iNSE分光器の装置性能の向上を目的とし、歳差磁場の不均一を補正するために、スパイラルコイル駆動装置を導入し(図5上)、磁場補正用コイルの位置を0.1mmの精度で制御を可能にした。その結果、波長10.8Å、Q=0.04Å-1における最大歳差磁場0.22Tmにおいて70%を超えるVisibilityでのエコーシグナルの検出に成功し(図5下)、飛躍的に性能を向上させることに成功した。その他に、波長によらず、中性子スピンの向きを反転させる白色中性子スピンフリッパーの開発を行い、中性子レンズを用いビーム強度を増強することで波長12Å程度の中性子を用い、さらにエネルギー分解能を向上させることを目標としている。

図4
図4:JRR-3ガイドホールに設置されたiNSE分光器の写真(上)とその概略図(下).
図5
図5:(上)NSEスパイラルコイル駆動装置の写真と(下)中性子波長10.8Å、最大磁場(0.22Tm)で観測されたエコーシグナル.Visibilityで70%を越えており、時間領域で50ナノ秒での動的情報を十分に得る事が可能となった。
(3) mf-SANSの高度化に関する研究(物材機構)
図6
図6: ベヘン酸銀のmf-SANS測定結果
図7
図7: グラッシーカーボンのmf-SANS測定結果. △: mf-SANS、実線: SAXS

 本研究開発では、試料位置から検出器迄の距離が2mたらずの小型SANS分光器であるmf-SANS(“小型集束型(mini-focusing)中性子小角散乱(Small Angle Neutron Scattering)”の略称)の実用化実証研究を行なう。mf-SANS分光器では広いQ領域を測定するために2台の検出器(小角検出器および高角検出器)が設置されている。低Q領域をカバーする小角検出器については、平成20年度、動作確認および計測試験を行なった。平成21年度以降、高Q領域をカバーするための高角検出器の整備、およびその性能評価試験を進めた。
 図6に小角散乱装置のカメラ長校正に広く用いられているベヘン酸銀の散乱を高角検出器で計測した結果を示す。Q=0.11Å-1付近の1次のピークを十分にカバーしている。注目すべきは0.3Å-1に存在する3次のピークまで明瞭に観察でき、さらに0.43Å-1の4次のピークについてもわずかに観測できており、現状でも十分に高Q測定が可能なレベルに達した。
 次いで高Q側の有効領域の見極めに、SAXS分光器の散乱強度の絶対化の際に標準試料として広く用いられているグラッシーカーボンを測定した結果を図7に示す。SAXS曲線は0.3Å-1以上でQ-4則(Porod則)からはずれるが、これはSAXS装置上の問題である。一方、このQ領域でもmf-SANSの結果ではPorod則に従ったデータとなっており、高Q領域の測定の有効面積の広さを示している。したがって、mf-SANS分光器ではQ=0.5Å-1までの測定が可能であり、ナノサイズの不均質構造の解析に有効である事が明らかとなった。今後は実用金属材料への利用実証試験を行い、併せて検出器部分の遮蔽体設置によるバックグラウンドの低減などの高度化を進めていく。

3.今後の展望

 平成20年度より日本原子力研究開発機構のJRR-3ガイドホール内に設置されている3台の原子炉型中性子小角散乱分光器(SANS-U、iNSE、およびmf-SANS)の高度化に関する研究を推進してきた。平成21年度はJRR-3の計画外停止があり、当初の計画に対して遅れることが懸念されたが、第2項で示した通り、各分光器において掲げた具体的な目標を到達できる目処が立ち、今後の実証実験を通じて目標の到達を確実なものにしていく予定である。同時に本事業において得られた研究成果を学会発表や論文として世界に発信し、さらに東京大学および物質・材料研究機構が中心となって高度化している分光器を使用して学術的に重要な研究を推進するとともに、SANS-UとiNSEにおいては一般共同利用に供することで、「高分子科学、コロイド科学、化学工学など、広範な分野における物質科学研究への貢献」を図っていきたいと考えている。

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