原子力システム研究開発事業

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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

長寿命核種核変換処理用酸化物セラミックスに関する研究開発

(受託者)国立大学法人九州大学
(研究代表者)安田和弘 大学院工学研究院 准教授

1.研究開発の背景とねらい

 使用済燃料中に含まれる長寿命の放射線核種を高速増殖炉等の革新的原子炉において短寿命核種あるいは安定核種に変換する核変換処理技術の開発は、核燃料サイクルの確立において重要である。核変換処理に用いられる材料は、核的に不活性である共に原子炉内で被る種々の放射線照射に対して優れた耐性を有することが要求される。原子炉照射環境において優れた耐照射損傷性を示す材料を探索・開発するためには、耐照射損傷性のメカニズムを原子レベルで解明することが重要であり、本研究開発では長寿命核種変換処理候補材料であるマグネシア・アルミネート・スピネル(以下、スピネルと略記)結晶を対象として、電子顕微鏡を用いた原子レベルの観察・分析実験と分子動力学計算法の融合から、照射欠陥の移動、蓄積および集合過程に関する基礎的知見を得ることを目的とした。研究開発は、 (1)イオン・電子照射に伴う照射欠陥の形成とその安定性に関する実験、(2)点欠陥挙動に関する計算機実験、および(3)(1)、(2)に基づいた酸化物セラミックスの耐照射損傷性機構に関する考察、に従って遂行し、得られた知見に基づいてスピネル結晶の長寿命核種変換処理材料としての適用性について検討した。

2.研究開発成果
図1
図1 MgAl2O4中の格子間型転位ループに200 keV 電子を照射することにより誘起される消滅過程の見かけの消滅断面積(λ)の電子照射温度依存性

 電子照射によりスピネル結晶に電子励起を付与すると、微小な格子間型転位ループは不安定となり、消滅した。図1は、転位ループ密度の電子照射量依存性の解析から評価した見かけの転位ループ消滅断面積(λ)を照射温度の関数として表している。スピネル中のλ値は、比較のために示したアルミナ結晶に比較して5-10倍程度の高い値を示しており、スピネル中の微小な転位ループが電子励起下において不安定であることがわかる。電子照射に伴う転位ループ密度およびサイズ変化の解析から、転位ループは孤立した格子間原子に分解することによって、消滅することを明らかにした。さらに、転位ループ消滅により発生した格子間原子の再結合頻度に関する解析、消滅に関する見かけの活性化エネルギーの評価を実施し、見かけの消滅断面積が大きく、かつ構造空位が消滅により発生した格子間原子の再結合サイトとして有効に作用することが、電子励起下においてスピネル中の転位ループが不安定となり易い理由であると説明した。このことは、スピネル中の安定な転位ループ核形成が起こり難い理由、すなわち、この結晶の照射欠陥形成に対する耐性を説明するものである。
 核分裂片などの高速重イオンは、材料中に高密度の電子励起やイオン化を誘起しながら、その運動エネルギーを失う。電子励起やイオン化によって単位侵入長さ当たりに失われるエネルギーを電子的阻止能と呼び、核分裂片における電子的阻止能値は最大20 keV/nm程度に達する。このような高速重イオンをスピネルに照射すると、イオントラックと呼ばれる柱状の照射欠陥が形成された。この欠陥はスピネル構造を保持しているものの、イオントラック内部および周辺の陽イオン配列は、正スピネル構造のイオン配列から逸脱し、AlイオンとMgイオンが陽イオンサイトにランダムに配列することを示した(以後、この領域を陽イオン配列不規則領域と記す)。さらに、イオントラックが10回程度重畳して形成される場合(高照射量の照射を施した場合に相当)には、陽イオンは八面体位置を優先的に占有する配列へ変化することを示した。分子動力学法に基づいてフレンケル対の蓄積過程を計算し、陽イオン配列がフレンケル対の蓄積に伴って不規則化することを示すと共に、蓄積量が増加すると八面体位置を優先的に占有するようになり、空位を含む岩塩構造に相変化することを示した。
 現在、長寿命核種核変換処理用材料として、図2に模式的に示すようにスピネル母相中に長寿命核種を含む酸化物析出物を分散保持する形態が候補として挙げられている。この場合のスピネル結晶の照射損傷は、弾性的なはじき出し損傷と比較的低い密度の電子励起が付与される母相と、母相の損傷に加えて核分裂片の重照射を受ける粒子相/母相界面領域に大別される。従来の知見および本研究開発の成果から、スピネル結晶は電子励起に対する感受性ならびに構造空位の存在により、低密度電子励起とはじき出し損傷が共存する母相においては、優れた耐照射損傷性を示すと考察した。
 図3は、高速重イオン照射により形成される円柱形の陽イオン配列不規則領域の直径を入射イオンの電子的阻止能の関数として示したものである。図3は、10 keV/nm程度以上の電子的阻止能を付与した場合に陽イオン配列不規則領域が形成されること、およびその大きさは電子的阻止能値の増加に伴って増大することを示している。本成果に基づき、核分裂片照射によって長寿命核種核変換処理用材料中に誘起されると考えられる不規則領域は、粒子相/母相界面の3-5 μm領域になると評価し、界面領域の重畳照射回数は、粒子相の1%金属原子が核変換処理される条件において100回程度に達すると見積もった。本事業の成果より、このような高重畳照射を受ける界面領域では、陽イオンは八面体位置を優先的に占有し、岩塩構造へ相変化することが予想される。また、分子動力学計算の結果から、高照射量、高照射損傷速度の環境下では界面領域が非晶質化する可能性も示唆されたが、本研究開発で実施した実験・計算条件から、実環境での相変化の有無を明確に予想することは困難である。

図2
図2 マイナーアクチニド(MA)および長寿命核分裂生成物(LLFP)を含む不活性材料の模式図
図3
図3 350 MeV Auイオン照射によりイオンの飛跡に沿って誘起された円柱状の陽イオン不規則領域の直径と電子的阻止能の関係
3.今後の展望

 本研究開発では、スピネル結晶中の照射欠陥形成と安定性を電子励起ならびに構造空位効果の観点から追及し、この結晶の耐照射損傷性機構について有用な知見を得ることが出来た。今後は、構造空位濃度と照射条件(例えば、照射温度、照射量、照射損傷速度など)の関係を明らかにすることが必要と考える。この知見は、スピネル結晶の長寿命核種核変換処理用材料としての適用性を明確にすると共に、耐照射損傷性材料の探索・開発においても重要であると考える。


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