原子力システム研究開発事業

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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

長寿命プラント照射損傷管理技術に関する研究開発

(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者)青砥紀身 次世代原子力システム研究開発部門 研究主席
(再委託先)国立大学法人東北大学、国立大学法人東京大学、株式会社インテスコ

1.研究開発の背景とねらい

 高速原型炉の設計基準には、各国基準に先駆けて中性子照射環境が構造材料に及ぼす影響評価法が示されている。しかし、限定された単一鋼種のデータのみに基づく同基準の考え方は、革新的長寿命プラントの開発、設計には適用困難である。そこで本事業では、炉容器や炉内構造物等比較的低放射線環境に長時間継続的に曝され、かつ寿命中交換が困難な鉄鋼材料構造物に関する、設計評価、プラント稼動後の経年評価、保全管理に至るまで統一的に適用可能な、かつ材料依存性が少ない照射損傷評価指標の開発、並びに本指標に基づく損傷進行監視技術の開発を行う。

2.研究開発成果

(1) 照射実験
(1)-1) 照射損傷データ取得計画
 次世代炉用候補構造材料(316FR、HCM12A)、原型炉主要構造材料(SUS304)及び損傷加速模擬材(2レベルのボロン添加316FR)の5鋼種について、次世代炉設計に必要となる照射損傷範囲(He生成量:〜約100 appm、弾き出し損傷量:〜約10 dpa、両者の比He-appm/dpa:0〜約100)におけるデータ取得計画を初年度(平成18年度)に立案したが、本事業での成果に基づき、He/dpaやHe注入速度の効果をより詳細に評価できるように計画の一部変更を行った。現在、計画に従い、複数の照射施設(高速実験炉「常陽」、試験研究炉「JRR-3」、AVFサイクロトロン(以下、「サイクロトロン」)、イオン注入機及びHITイオン加速器(以下、「HIT」))を用いた照射試験及び照射後試験を実施し、取得データのデータベース化を行っている。なお本研究開発では、限定した時間と空間で数多くのデータ取得ができるように微小試験片を採用した。
(1)-2) サイクロトロンによるHe注入実験
 当初計画に加え、He注入速度の効果を検討するために、316FRについてHe注入速度を既実施の約1.7 appm/hから約0.3 appm/hに変化させたHe注入実験を実施した(He注入量:約10 appm)。
 He注入量が約1、10、30 appmの試料(316FR、HCM12A)を本事業で開発したHe注入量測定装置を用いて分析した結果、注入He の大部分が欠陥に捕獲され残存していることが示唆された。透過型電子顕微鏡(以下、「TEM」)観察の結果からは、316FRでは約30 appm の場合のみ直径50 nm程度のHe バブルが粒内でわずかに観察されるのに対し、HCM12Aにおいては、全ての条件で結晶粒界またはサブバウンダリー上に直径十〜数十nm 程度の粗大なHe バブルが観察され、粒内には直径数nm のHeバブルが観察されることが示された。He注入速度による微細組織の顕著な相違は認められなかった。本事業で整備した3 光子同時計測陽電子寿命測定装置を用いた分析では、316FRに関して、約30 appm注入試料で空孔型欠陥クラスターの形成を示唆する結果が、HCM12Aに関しては、He注入量の増加に伴い欠陥クラスターの形成が徐々に増加していると考えられる結果が得られた。以上のように、TEM観察と陽電子寿命測定で、ほぼ対応する結果が得られた。
(1)-3) HITによるイオン照射実験
 当初計画に加え、He/dpaの効果を検討するため、316FRについて弾き出し損傷量が約1 dpaでHe-appm/dpaが約100、及び弾き出し損傷量が0でHe注入量が約50 appmの照射実験を実施した。
 316FRに関して、約550℃でのイオン照射試料(弾き出し損傷量:約1、約10 dpa、He-appm/dpa:0、約1、約10)についてTEM観察を実施した結果、弾き出し損傷量が約1 dpaの場合、キャビティの形成は確認できなかったが、弾き出し損傷量が約10 dpaの場合には、0 He-appm/dpaで粒内に数nm〜10nmのキャビティがわずかに観察され、約1 He-appm/dpaでは、サイズの増大が認められた。さらに約10 He-appm/dpaでは、キャビティの数密度の増加が認められた。ただし、粒界で大きく成長したキャビティは観察されなかった。また、転位組織へのHe/dpaの影響は小さかった。
(1)-4) 実炉照射試験
 単独の炉を用いた照射試験では取得が困難な照射損傷条件の試料作製のために、常陽またはJRR-3での単独照射に加えて、両炉を用いて世界でも類例の希少な実炉組合せ照射(JMTR(既存照射試料)⇒常陽、常陽⇒JRR-3、JRR-3⇒常陽)も実施した。

(2) 損傷指標と照射による材料の機械的特性変化との相関性の評価
(2)-1) 受入れ材、熱時効材の材料試験
 照射試験中の熱時効の影響を把握するため、受入材と熱時効材(550℃にて約1,000 h、及び約2,000 h)について、硬さ試験、引張試験及び550℃でのクリープ試験を実施した。短時間機械的特性に対しては熱時効の影響は認められなかった。長時間機械的特性に関しても、316FRでクリープ破断強度がやや低下する傾向が認められたことを除き、熱時効の影響はみられなかった。
 また受入材に関して、実炉照射材の引張/クリープ試験に採用しているSS-3試験片(平行部長さ7.62 mm)と標準試験片の試験結果を比較し、サイズ効果が無視できることを確認した。
(2)-2) 照射材の材料試験
 HITにより約550℃の温度で約1 dpaまでイオン照射した試料(316FR、SUS304及びHCM12A)の微小硬さを測定した結果、He-appm/dpaが約0〜10の範囲では、顕著な照射硬化は見られなかったが、He-appm/dpaが約100の試料(316FR)では、照射硬化が認められた(図1参照)。また、316FRに関して、約50 appmのHeイオン単独照射試料(約0.005 dpa)に関しては、有意な照射硬化は確認できなかったが、He注入量が等しく弾き出し損傷量が約5 dpaの試料では照射硬化が認められた。以上の結果から、損傷指標としてのHe/dpaの重要性を確認した。
 He 注入速度が短時間機械的特性に与える影響を評価するために、He注入速度が異なる(約0.3 appm/h⇔約1.7 appm/h)サイクロトロンHe注入試料(316FR)について硬さ試験及び引張試験を実施したところ、He注入速度の低下により延性が低下する傾向が見られた。ただし、He注入速度の影響の有無については今後の検討を要する。
 実炉照射材に関する引張試験の結果からは、316FRの強度は、JRR-3単独照射に比べて常陽単独照射とJRR-3⇒常陽組み合わせ照射でやや増加し、延性はやや低下することがわかった(図2参照)。また、HCM12Aについては、強度、延性ともに照射による変化が小さかった。
 長時間強度試験に関しては、照射試料を対象とした微小試験片用のクリープ/クリープ疲労試験装置を製作し、実炉照射試料について長時間機械的特性データを取得した。550℃でのクリープ試験では、316FRのクリープ破断時間は、JRR-3単独照射、常陽単独照射、JRR-3⇒常陽組み合わせ照射のいずれの条件においても、非照射材料に比べて大幅に低下し、弾き出し損傷に強く依存することが分かった。また、JRR-3⇒常陽組み合わせ照射した316FRのクリープ疲労試験を実施した結果、弾き出し損傷によりクリープ疲労寿命が低下することが分かった。

図1
図1 HITイオン照射試料の微小硬さ
図2
図2 316FRの550℃における引張強度

(3) 照射損傷非破壊評価技術の開発
(3)-1) 磁気特性に基づく評価
 ボロン添加材を含む316FRの実炉照射材(単独及び組合せ照射材)について漏えい磁束密度測定を実施した結果、損傷指標依存性は認められなかった。原因の一つとしては、弾き出し損傷量が最大で約2 dpa程度と小さかったことが考えられる。ただし、HITイオン照射試料(弾き出し損傷量:約1 dpa)の磁気力顕微鏡観察でイオン注入領域における磁化の増加が確認されたこと、本事業で整備した遠隔操作式振動試料型磁力計を用いた受入材と常陽照射材の磁化曲線測定において変化が認められたことから、低弾き出し損傷量でもわずかに磁気特性が変化している可能性がある。既取得データを含め、磁気特性に基づく評価の可能性について検討したところ、316FRについては約5 dpaで漏えい磁束密度の変化が認められること、SUS304については漏えい磁束密度と弾き出し損傷の間に線形関係があることが示された(図3参照)。
(3)-2) 表面弾性波応答に基づく評価
 本事業で開発した表面弾性波測定装置は、レーザーにより励起された表面弾性波をレーザー・ヘテロダイン方式で測定する世界初の装置であり、未照射の標準試料では世界的にもほぼ最高の性能を発揮している。同測定装置を用いて、受入れ材、熱時効材及びHITイオン照射試料の表面弾性波伝播速度と、励起レーザー強度に対する表面弾性波の非線形応答特性を測定したところ、表面弾性波伝播速度の変化により試料の弾性定数の変化が観測され(図4参照)、また、励起レーザー強度によるその特性依存性を用いて損傷指標を評価できる可能性をもつことが示された。

図3
図3 SUS304に関する弾き出し損傷量と漏えい磁束密度の関係
図4
図4 HITイオン照射試料の表面弾性波伝播速度(316FR)

(4) 損傷指標開発
(4)-1) 取得データに基づく損傷指標の妥当性の検討
 本事業で拡充した照射損傷データベースを用い、現状で有力な損傷指標(He 生成量、弾き出し損傷量や両者の比)の妥当性を評価した。評価の際には、He生成速度及び弾き出し損傷速度(両者をまとめて、照射速度と呼ぶ。)依存性についても検討した。短時間強度特性に関しては、0.2%耐力及び一様伸びについて評価し、弾き出し損傷量が有望であると考えられた。ただし、0.2%耐力においては照射速度依存性を考慮する必要があることがわかった。クリープ強度特性に関しては、非照射材と照射材の寿命比について評価し、いずれの損傷指標も適用できる可能性があるが、SUS304について、He-appm/dpaが1を超える場合、弾き出し損傷量やHe生成量が小さくても寿命比の低下が認められることから、He/dpaが重要となる可能性があることがわかった。
(4)-2) 計算科学技術による評価
 損傷指標のHe 生成に基づく粒界脆化の評価精度を高めることを目的に、計算科学技術による評価を実施した。第一原理計算では、He の粒界偏析による強度低下が生じ得ることを示した。またキネティックモンテカルロ法による空孔型クラスター成長シミュレーションでは、空孔濃度が結果に非常に大きく影響するため、適切に評価することが重要であるという知見を得た。

(5) 全体のまとめ
 He/dpa及びHe注入速度の効果をより詳細に検討するために一部変更を行った計画に従って試験を実施し、取得データのデータベース化を行った。実炉照射試験については、世界でも類例の希少な実炉組合せ照射試験を含めた全てを終了した。データベースに基づき候補指標の妥当性評価を行い、弾き出し損傷量、He生成量及びそれらの比がそれぞれ有望であることを確認した。He注入速度の効果の有無については、引き続き検討する。非破壊評価技術については、磁気特性及び表面弾性波応答特性を用いて弾き出し損傷等の損傷指標を評価できる可能性を示した。

3.今後の展望

 計画に従って試験を実施し、構築した体系的かつ広範なデータベースをもとに損傷指標の妥当性を検討する。非破壊評価技術に関しては、実機照射損傷進行を検出する原理を提示する。以上の成果により、現在、照射環境効果設計評価法が整備されていない次世代原子炉について、初めて実環境を想定した照射環境にある構造物の設計評価、複数の提案概念の構造健全性からの評価比較が可能となる。また、照射損傷非破壊評価技術や微小試験片技術の成熟は、次世代原子炉のみならず厳しい環境下で適用される各種機器の健全性評価技術の高度化に有用な知見を与える。


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