原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

新技術を活用した高速炉の次世代安全解析手法に関する研究開発

(受託者)国立大学法人東京大学
(研究代表者)越塚誠一 大学院工学系研究科 教授
(再委託先)国立大学法人九州大学、独立行政法人日本原子力研究開発機構、
国立大学法人豊橋技術科学大学、財団法人原子力発電技術機構、日本システム株式会社

1.研究開発の背景とねらい

 本事業では、来るべきナトリウム冷却高速炉(SFR)の実用化時代に向けて社会的受容性の高い安全論理を構築するために、SFRの炉心損傷事故(CDA)における熱流動現象を明らかにし、これを精度良く評価することを目的としている。これまで多年にわたりSIMMER-IIIを代表とするSFR安全解析のためのマクロコードが開発され、事故の全体像を解析することが可能になっている。しかしながら、一方では、損傷した炉心領域が拡大していく過程での構造材の機械的強度や、溶融炉心の多次元的な挙動については、多くの構成式を用いるマクロコードでは扱うことが難しく、依然として不確かさが大きい。そこで、構成式に依存しない新しい計算科学に基づく解析技術を結集し、汎用的な安全解析用個別現象詳細解析コードCOMPASS(Computer Code with Moving Particle Semi-implicit for Reactor Safety Analysis)を開発する。新しい計算科学とは具体的には東京大学で開発されたMPS(Moving Particle Semi-implicit)法や分子動力学(MD)である。コード開発は既存実験を用いて検証しつつ段階的に進め、SIMMER-IIIを補完的に利用して境界条件を設定し、CDAにおける個別現象に適用する。こうした解析により、個別現象の本質を分析できるだけでなく、例えば構造・溶融物・固体粒子が複雑な配位をとった状態におけるバルクな熱伝導率や抵抗係数を評価し、SIMMER-IIIにフィードバックすることにより、包括的かつ飛躍的に評価精度を向上させることができる。このように、本事業ではSIMMER-III(マクロ解析)とCOMPASS(メゾ〜マクロ解析)は相互に補完的に位置づけられている。ここで開発する成果を今後のSFRの安全評価に適用することにより、CDAが再臨界に至ることなく終息する事故事象として推移するか否かを大きな確度をもって実証することが可能となる。なお、燃料としては酸化物と金属の両方を対象とする。

2.研究開発成果

2.1 MPS法による解析コードの開発と検証
 本事業で開発するCOMPASSコードは、流体解析・構造解析及びそれらの連成解析が可能である。また、ナトリウム、燃料、スティールの熱物性ライブラリを作成し、コードに組み込むとともに、蒸発/凝縮、溶融/固化の相変化を扱うことができるように設計されている。COMPASSは平成17年度に基本設計を行い、平成18年度より新規コードとして開発を開始した。平成18年度後半より基本機能検証解析及び実験解析を実施し、各計算機能を定量的に検証している。ここでは、COMPASSの流体計算と相変化の連成計算機能の例として、高温の液体スティールが低温のスティール壁を溶融貫通する挙動を定性的に確認した結果を図1に示す。
 構造力学部は非線形弾塑性解析を行う機能を有する。最大主応力に基づく判定を用いた破壊と接触の基礎検証解析の例を示す。粒子温度773.15[K]とし、SUS316相当の材料物性を用いた(ヤング率〜1.6e11[Pa],ポアソン比0.30)。粒子数は396、与えた【応力−塑性歪関係式】では、降伏応力〜112.3[MPa]であり、破壊閾値は200[MPa]とした。粒子相互作用距離はre=1.1とし、Δt=1.0e-7[s]で計算した。図2に過渡荷重条件と計算結果を示す。各粒子が過渡荷重により変形し、0.5[ms]の間に弾性から塑性状態に至り亀裂が進展する様子が表現されている。また、熱膨張の扱いについて参照距離補正法とテンソル補正法を検討した。検証問題の一つとして、梁の側面に温度分布を与えた場合の梁の曲率を計算し、いずれの方法も理論値と一致することを確認した。
2.2 金属燃料の物性予測解析
 金属燃料は構造材料(スティール)と共晶反応を生じることが知られており、炉心の溶融進展挙動の解析評価ではこれを精度良く予測することが必要である。しかしながら、金属燃料とスティール構造材料に関する共晶反応の知見は十分ではなく、本事業ではこれを3つの観点から研究を進め、COMPASSコードへ反映する。まず、金属燃料とスティール構造材料の主要な合金成分の熱力学的状態量を得るため、CALPHAD法に基づいた状態図計算ソフトウェアThermo-Calcを用いて、これらの多元系状態図を評価する。これまでに、Fe-U-Pu共晶系及びZr-U-Pu金属燃料系に対して、二元系及び三元系状態図の計算が可能になった(図3、図4)。今後、これらの熱力学的状態量に関する物性ライブラリを整備し、COMPASSコードで金属燃料とスティール構造材料の物性を扱うための解析モデルを構築する。
 また、過渡的現象に対して、EAM(原子埋め込み法)を採用した古典分子動力学による共晶反応の計算を、分子動力学専用計算機を用いて行っている。2種類の金属として文献データのあるCu-Ag系を対象として図5に示す体系の界面における共晶融解は、表面から界面のごく近傍の両金属が液化して相互に拡散することにより、固溶体の融解と同様のメカニズムで融解が進展することを明らかにした。平成19年度はEAM法の発展型であるMEAM法を用いてFe-Pu系の共晶を解析している。
 第一原理分子動力学 (FPMD) コードVASPを用いた共晶解析では、計算コストの観点から、静的解析により共晶発生を判定する可能性を検討している。U-Fe系を用いて、単一種原子及び混合状態における0Kの最適化計算を行い、エネルギー状態を調べた。Fe及びUは0Kにおいてそれぞれbcc構造及び斜方晶構造をとるため、両構造についてエネルギー曲線を求めた。両曲線とも混合状態において僅かにエネルギーが減少する結果となり、両結晶に対するエネルギー曲線の共通接線から共存領域を求めた(図6)。今後有限温度効果等について検討する。有限温度の解析では、フォノン及び混合エントロピーを評価し、有限温度での自由エネルギー曲線を求める予定である。
 さらに、VASPを用いて燃料(U-Pu-Zr)と構造金属(Fe)の混合状態における共晶現象の局所メカニズムを検討した。図7は、固体・液体・固溶体・共晶体のバンドエネルギー等の電子状態が融点(〜1800 K)を境にして大きく異なることを示す。また、小規模な体系で共晶溶融の起因現象も検討している(図8)。一方、物性データの評価手法を検討し、測定値のない高温材料物性データを作成した。WIEN2kコードを用いた第一原理計算では、Fe-U系金属、金属間化合物の全エネルギー算出、構造最適化及び弾性率の評価を合わせて実施した。


2.3 MPS理論開発とコード開発
 平成17年度、18年度に基礎理論の検討は終了し、19年度はCOMPASSコードで必要とされる計算手法の開発を行っている。その1項目として、非圧縮性流体の解析手法であったMPS法を、圧縮性流体と非圧縮性流体の両方を解析できるようにアルゴリズムを拡張した。これは、CDAにおいて加熱された液体ナトリウムが沸騰し、高圧になって噴出する類の現象を解析するためである。図9に開発されたアルゴリズムを用いた1次元衝撃波管における衝撃波伝播の検証計算の結果を示す。初期に高圧と低圧の流体が接しており、そこから時間とともに圧縮と膨張の衝撃波が反対方向に進む。衝撃波の不連続な密度変化は計算ではやや滑らかな分布になっているが、全般的には理論とよく一致した。
 さらに、固体粒子系多相流への適用性向上、流体力学基本モデル(解法アルゴリズム、自由表面モデル、非圧縮性モデル等)の改良、表面張力モデルの改良を実施した。図10にCOMPASSコードによる固液2相流解析の例として、固体粒子層を伴うダム堰崩壊問題の解析結果を示す。本解析では、固体粒子間および固体粒子/壁間の相互作用を粒子法の一つであるDEM(離散要素法)で用いられるVoigt(フォークト)モデルにより記述し、COMPASSコードの固体粒子系多相流への適用性向上を図った。ここでは、1個の固体粒子を1個のDEM粒子として扱い、これを79個のMPS粒子でモデル化している。今後、実験解析等により固相間の相互作用を扱う基本モデルの最適化を実施し、CDAにおける固体粒子系多相流の解析に適用可能な手法として整備する。
 なお、計算高速化のための並列計算研究及び計算結果として得られる多数の物質間の界面挙動を理解するため、ボリュームレンダリングによる可視化の研究も進捗している。
2.4 SIMMER-III解析
 COMPASSコードの総合検証のため、CDAの重要な現象のうち5つの分野、すなわち、炉心物質の分散・固化挙動、溶融プールの沸騰挙動、構造壁の破損挙動、溶融炉心物質の移行挙動、低エネルギー損傷炉心の運動挙動に関する既存試験を分析し、試験対象を選定した。また、COMPASSコードに境界条件を与えるため、SIMMER-III解析を実施した。溶融物質の沸騰プール挙動に関してCABRI-TPA2試験を解析し、燃料−スティール間熱伝達を抑制することにより試験の圧力履歴結果を再現できることを確認した(図11)。また、溶融炉心物質の移行挙動に関してCAMEL-C6試験を解析し、溶融燃料とナトリウムのFCI挙動とそれによるボイドの拡大挙動をよく模擬できることを確認した(図12)。

3.今後の展望

 各機関が連携しつつ計画通り本事業は進捗している。COMPASSコード開発については、相変化を含む多相流解析と弾塑性構造解析を連携して実施できる段階に至り、CDAの個別現象の検証解析を実施中である。金属燃料特有の共晶反応に対しても、様々なアプローチで研究が進展し、今後COMPASS及びSIMMER-IIIに反映することにより、金属燃料SFRのCDAの詳細解析が可能になる。なお、平成18年度までの成果は参考文献[1]として既に公表されている。本事業により開発されるコードは世界的に例が無く最先端に位置するものであり、SFRの安全性の向上にも大きく貢献すると期待できる。

4.参考文献

[1] S. Koshizuka et al., "Code Development for Core Disruptive Accidents in Sodium-cooled Fast Reactors," IAEA, Daejeon, 30 October-2 November, 2007
Japan Science and Technology Agency
原子力システム研究開発事業 原子力業務室