原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

長寿命プラント照射損傷管理技術に関する研究開発

(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者)青砥紀身 次世代原子力システム研究開発部門 研究主席
(再委託先)国立大学法人東北大学、国立大学法人東京大学、株式会社インテスコ

1.研究開発の背景とねらい

 高速原型炉の設計基準には、各国基準に先駆けて中性子照射環境が構造材料に及ぼす影響評価法が示されている。具体的には、対象となるステンレス鋼(SUS304)の照射及び照射後試験データに基づき高速中性子及び熱中性子の各々に対し、累積限界中性子照射量及びクリープ強度低減係数を与えている。しかし、同基準の考え方は革新的長寿命プラントの開発、設計には適用できない。限定された単一鋼種のデータのみに基づく手法では種々の候補構造材料の検討や60年を超える評価には適用困難である。本事業では炉容器や炉内構造物等比較的低放射線環境に長時間継続的に曝され、かつ寿命中交換が困難な鉄鋼材料構造物に関する、設計評価、プラント稼動後の経年評価、保全管理に至るまで統一的に適用可能な、かつ材料依存性が少ない照射損傷評価指標の開発、並びに本指標に基づく損傷進行監視技術の開発を行う。これにより、設計時に寿命中の損傷進行予測が可能となり、定量的な裕度の設定が実現できる。また、プラント建設・稼動後の保全についても統一的な指標に基づく状態監視が可能となる。

2.研究開発成果

(1) 損傷指標の開発
(1)-1) 照射損傷データベースの構築
 次世代炉用候補構造材料(316FR、HCM12A)、原型炉主要構造材料(SUS304)及び損傷加速模擬材(2レベルのボロン添加316FR)の5鋼種について、次世代炉設計に必要となる照射損傷範囲(He生成量:〜約100 appm、弾き出し損傷量:〜約10 dpa、両者の比He-appm/dpa:0〜約100)におけるデータ取得計画を立案した(図1参照)。本研究開発では、限定した時間と空間で数多くのデータ取得ができるように微小試験片を採用した。現在、計画に従い、複数の照射施設(高速実験炉「常陽」、試験研究炉「JRR-3」、AVFサイクロトロン(以下、「サイクロトロン」)、及びHITイオン加速器(以下、「HIT」))を用いた照射試験及び照射後試験を実施し、取得データのデータベース化を行っている。またH18年度には、原子力機構がこれまでに取得してきた照射損傷データについても、He生成量、弾き出し損傷量、照射温度を変数として整理し、有効性が高いと考えられたデータをデータベース化した。なお、本計画は適宜見直すこととしているが、H18年度成果に基づき、高精度な損傷予測には損傷事象(はじき出し損傷やHe生成)の時間依存性に関する検討が重要であるとの考えから、He注入速度効果を評価できるように計画の一部変更を行った。
(1)-2) 損傷指標の妥当性の検討
 (1)-1)で作成したデータベースに基づき、候補損傷指標(弾き出し損傷量、He生成量、及び両者の比)の妥当性を検討した(図2参照)。その結果、弾き出し損傷量とHe生成量は、鋼種に拠らず照射損傷を受けた材料特性を評価するうえで有効であることを確認した。また、He-appm/dpaについては、生成キャビティの数等との相関から、損傷予測手法を構築するうえで有効であることを示した。
(1)-3) 計算科学技術による評価
 Heの粒界偏析による脆化機構を対象とした計算機シミュレーションによるモデル検討を行った。第一原理計算では、HCM12Aを対象とした体心立方構造(bcc構造)のFe中における代表的な粒界へのHeの偏析エネルギーが、固溶エネルギーを基準として約1.3−1.4 eV/atomと非常に大きいこと、Heが7.2 atoms/nm2程度粒界に偏析することによって粒界強度が1/10程度にまで低下することを示した。現在は、316FRやSUS304を対象に面心立方構造(fcc構造)のFeについての計算を実施中である。またメソスケールモンテカルロシミュレーションでは、Heバブル半径とHeバブル平均移動度のべき乗則が再現できることを示し、粒界脆化に影響を及ぼすと考えられるHeバブルの拡散挙動についてのモデル構築の見通しを得た。
(2) 損傷指標の妥当性確認のための試料の作製
(2)-1) HITによるイオン照射実験
 316FR、SUS304、HCM12Aを対象に、単独イオン及び2重イオン同時照射実験法によって、約550℃において、約10 dpaまで照射を行ない、He-appm/dpa(0、 約1、 約10) をパラメータとしたイオン照射試料を作製した。また、従来よりも1桁空間分解能が高い照射温度評価手法を、固定型熱画像装置を用いて開発し、高い信頼性での照射温度の設定を可能にした。316FRに関して、弾き出し損傷量が10 dpa、He-appm/dpa比が0及び1の試料のTEM観察を実施したところ、He-appm/dpaの増加に伴って、キャビティの平均サイズ及び数密度が増加することが示された。
(2)-2) サイクロトロンによるHe注入実験
 約550℃でHe注入量を変えた(約1, 10, 30 appm)試料(316FR、HCM12A)を作製した。本事業で開発したHe注入量測定装置による分析から注入Heの大部分は材料中に残存していると考えられること、しかしながらTEM観察においてHeバブル等が観察されなかったことから、注入Heの大部分は結晶粒内および粒界に微細に分散して残存していることが示唆された。約1、及び10 appm He注入材について陽電子寿命測定を行ったところ、316FRでは、微小な欠陥クラスターの存在が検知できなかった。一方HCM12Aでは、陽電子消滅平均寿命がHe注入量の増加に伴って長くなる傾向にある事が分かった。このことは、HCM12Aでは微小な欠陥クラスターの形成がHe注入量の増加に伴って徐々に増加している事を示唆している。
(2)-3) 実炉照射試験
 中性子照射試料は、常陽およびJRR-3を用いて作製する計画である。単独の炉を用いた照射試験では取得が困難な照射損傷条件の試料作製のために、両炉を用いて世界でも類例の希少な実炉組合せ照射も実施する(図3参照)。現在(H19年11月末時点)までにJRR-3および常陽の両単独照射試験、JRR-3⇒常陽組合せ照射試験及び常陽⇒JRR-3組合せ照射試験の全ての実炉照射試験を終了している。
(3) 損傷指標と照射による材料の機械的特性変化との相関性の評価
(3)-1) 受入れ材、熱時効材の材料試験
 受入材、熱時効材について、照射材の機械的特性との比較のために材料試験(硬さ、引張、クリープ試験)を実施中である。熱時効材は、照射試験中に試料が受ける熱時効の影響を把握するために、照射試験温度、時間に合わせた熱時効試験により作製した。また、未照射微小試験片用クリープ試験装置に対して、高温、高真空中での高精度なひずみ量計測を可能とする機能付加をH18年度に実施した。受入れ材及び約550℃での1,000 h熱時効材について、約500、550、及び600℃で引張試験を実施したところ、316FRでは、降伏応力がわずかに低下したが、HCM12Aではほとんど変化しなかった(図4)。図5に、クリープ試験結果を示す。H18年度破断材に関しては、316FR、SUS304とも、受入れ材と熱時効材のクリープ破断強さ、クリープ破断伸び及び絞り、さらには破面形態に有意な差はみられなかった。
(3)-2) 照射材の材料試験
 照射材(HITによるイオン照射試料、サイクロトロンによるHe注入試料、JRR-3単独照射試料)について短時間機械的特性データ(硬さ、降伏点等)を取得した。HITにより約550℃で約10 dpaまでイオン照射した試料(316FR、SUS304及びHCM12A)の微小硬さ試験を行った結果(図6)、いずれの試料においても照射による硬化が生じており、特に316FRではHe-appm/dpaの増加に伴って硬化量が大きくなることが示された。この結果は、(2)-1)のTEM観察の結果と対応している。
 サイクロトロンにより約550℃で約30 appmまでHe注入した試料(316FRとHCM12A)に関しては、硬さ試験、引張り試験のいずれの試験でも有意な特性の劣化は認められず、(2)-2)において316FRの陽電子寿命測定により得られた知見と矛盾しない結果が得られた。
 JRR-3単独照射試料(316FRとHCM12Aの微小試験片、照射温度:約550℃、He生成量:約2 appm、 弾き出し損傷量:約0.3 dpa)については、約500、550、および600℃での引張り試験結果を、(3)−1)の未照射材(受入材、熱時効材)に関する結果と比較したところ、両者で有意な違いは見られなかった。これは、He生成量、弾き出し損傷量ともに小さく、機械特性へ与える影響が小さかったためであると考えられる。
 長時間機械的特性データの取得に関しては、照射微小試験片を対象とした、高温、高真空中で高精度なひずみ量測定が可能なクリープ/クリープ疲労試験装置を開発中である。現在、管理区域内へ据付し、初期動作確認、予備試験を実施している。
(4) 照射損傷非破壊評価技術の開発
(4)-1) 磁気特性に基づく評価
 316FR、ボロン添加316FR、およびSUS304について、受入れ材と熱時効材(約550℃にて約1000 h、及び約2000 h)の永久磁石による着磁後の漏えい磁束密度測定を実施した。316FR及びボロン添加316FRについては、受入れ材と熱時効材で有意な差はなかったが、SUS304については、熱時効材で10 μT程度増加することが明らかになった。磁場印加中磁気カー効果顕微鏡観察結果から、この残留磁束密度の増加は一部結晶粒界における磁性相の生成によるものであると推定した。また、既存熱中性子炉(JMTR)照射試料(SUS304および316FR)およびJRR-3単独照射試料(316FR)について、永久磁石による着磁後の漏えい磁束密度を測定し、既存データと合わせて評価したところ(図7)、弾き出し損傷量と伴に残留磁束密度が増加する傾向が認められた。このことは、残留磁束密度測定による弾き出し損傷量評価が可能であることを示唆している。
(4)-2) 表面弾性波応答に基づく評価
 H18年度に、表面弾性波測定装置を設計・製作し、管理区域設置・調整作業を行った。H19年度は、放射化試料の測定を可能にするために、遠隔操作機能の付加を実施中である。製作装置は、パルス・レーザーにより励起した表面弾性波を、プローブレーザーによって検出する方法を採用した。表面弾性波の伝播速度の解析と表面弾性波の振幅の非線形性の解析から、材料特性や照射損傷による材料特性の変化を評価できる。空間分解能は、サブミクロン程度である。
 原子力機構高崎量子応用研究所静電加速器施設によるイオン照射試料の作製を行い、同試料を用いて表面弾性波測定装置の機能確認試験結果を実施した(図8参照)。その結果、材料の降伏点だけでなく、照射損傷や材料の種類に依存した表面弾性波応答特性の変化(伝播速度の変化など)を捉えることができ、表面弾性波測定システムを計画通りに開発することができた。
(5) 全体のまとめ
 次世代炉用候補構造材料(316FR、HCM12A)、原型炉主要構造材料(SUS304)及び損傷加速模擬材(2レベルのボロン添加316FR)の5鋼種について、複数の照射施設を用いた照射試験及び照射後試験計画を立案した。計画に従い、HITイオン照射試験、サイクロトロンによるHe注入試験、及び実炉照射試験を実施した。既存照射データ及びH18年度取得データについてのデータベース化と、データベースに基づいた候補指標の記述性確認を行った。非破壊評価技術については、磁気特性に基づく評価では既存照射試料について適用有効性を確認し、表面弾性波応答特性に基づく評価に関しては計画通り、装置を開発、その機能の確認を終えた[1-9]。得られたデータや知見のうち、HIT、サイクロトロン及びJRR-3照射試料などから得たデータは、照射後材料試験データや未照射材の材料試験データとともに未だ極めて限定的ながら候補損傷指標の妥当性評価に用い、候補とした弾き出し損傷量(dpa)、He生成量(He-appm)及びそれらの比(He-appm/dpa)がそれぞれ有望である見通しを得ている。また、磁気特性に基づく解析データは弾き出し損傷と相関する可能性が認められており、今後H18年度製作、照射試料への適用を確認した表面弾性波測定装置のHe生成評価適用性を検討しつつ照射損傷の非破壊検知技術原理の構築を進める。

3.今後の展望

 立案計画に従った各種照射実験及び照射後試験を実施し、構築した体系的かつ広範なデータベースをもとに損傷指標の妥当性を検討する。照射損傷非破壊評価技術に関しては、実機照射損傷進行を(材料特性の変化)−(損傷指標)の連携を含めて検出する原理を提示する。以上の成果により、現在、照射環境効果設計評価法が整備されていない次世代原子炉について、初めて実環境を想定した照射環境にある構造物の設計評価、複数の提案概念の構造健全性からの評価比較が可能となる。また、照射損傷非破壊評価技術や微小試験片技術の成熟は、次世代原子炉のみならず厳しい環境下で適用される各種機器の健全性評価技術の高度化に有用な知見を与える。

4.参考文献

[1]青砥ら,日本原子力学会2007年秋の大会予稿集, G8. [2]松井ら,同G9. [3]野上ら,同G10. [4]岩井ら,同G11. [5]加藤ら,同G12. [6]高屋ら,同G13. [7]北澤ら,同G14. [8]山口ら,同G15. [9]若井ら,同G16.
Japan Science and Technology Agency
原子力システム研究開発事業 原子力業務室