原子力システム研究開発事業
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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

陽電子マイクロビームによる原子力材料のミクロ劣化解析

(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者)河裾厚男 先端基礎研究センター グループリーダー

1.研究開発の背景とねらい

 原子力委員会が検討した革新的原子力システムの9種類[1]の概念のいずれの実現に対しても、中性子照射脆化対策を施した原子炉格納容器材料開発及び応力腐食割れに耐性を有する炉内構造材料開発が重要視されている。原子炉の安全性を確保するためには、特に直接大事故につながる可能性のある圧力容器鋼の照射脆化やスエリングの解明と耐久性の予測が必要である。これまでの精力的な研究の結果、圧力容器鋼中の不純物と照射によって形成される原子空孔及び転位との相互作用が、材料劣化の主要因であることが分かりつつある。一方、最近になり軽水炉の炉心シュラウド溶接部等の応力腐食割れが相次いで報告されている。応力腐食割れは、溶接部の残留応力と腐食性環境及び照射損傷の条件が重なって起こると考えられている。技術的には、これら三つの原因の何れかを回避すれば良いとされているが、放射線分解反応に伴う水素脆化などの詳細については不明な点が残されている。照射場における損傷は、高温ガス炉で使用される燃料被覆材にも共通する課題である。この場合、高温と照射場という二つの極限環境が伴うこと、及び、金属材料とは異なる照射応答を示すことに注意する必要がある。以上より、材料組織中での格子欠陥の挙動と高次欠陥への発達過程を詳しく評価することが非常に重要である。
 陽電子消滅法を用いることで金属中の格子欠陥を高感度に検出することができる。最近では圧力容器モデル合金中の銅原子析出エンブリオも検出できることが分かり、照射脆化機構の解明に大きく貢献している[2]。しかし、さらに詳細な機構解明のためには、材料組織中に生ずる微小欠陥の空間分布観察や結晶粒界界面などの特定部位の評価が必要である。通常の陽電子消滅法では材料中に存在する空孔型欠陥や析出物に関する平均的な知見は得られるが、それらの空間分布を得ることはできない。このような難点は、よく収束された陽電子ビームを望みの位置に注入することで克服することができる。本事業では、現今よりもさらに収束された陽電子マイクロビーム技術を開発する。開発した陽電子マイクロビームを用いて、軽水炉構成材料の照射誘起応力腐食割れや照射脆化、高温ガス炉材料の照射劣化に関して新たな知見を得る。
 陽電子マイクロビーム技術の開発では、直径1〜2mm程度の放出面を持つ小型陽電子線源を製作し、高い効率を持つ固体ネオン減速材と走査電子顕微鏡の光学系を使用することで、ビーム径の低減を図る。試料表面においてビームを二次元的に走査し、陽電子消滅の空間分布を得る仕組みを構築する。効率的に陽電子消滅測定を行うために高効率ガンマ線計測装置を整備するとともに、陽電子寿命計測のためのビームパルス化装置と計測回路を併せて開発する。軽水炉で使用されるステンレス鋼の応力腐食割れを解明する目的で、高温高圧水中における引張り試験で発生させた腐食割れ近傍の欠陥生成状態を陽電子マイクロビームにより調べる。また、実機で使用されるものと同等なステンレス溶接配管を製作し、これにイオン照射を行うことで損傷を導入した後、腐食加速試験を行い、陽電子マイクロビームを用いて、腐食割れ発生部における欠陥生成状態を調べる。さらに、高温ガス炉燃料被覆材として有力候補であるジルコニアカーバイド(ZrC)について検討するために、成膜条件とその後の熱処理条件によって模擬燃料微粒子表面に成膜したZrC層の品質がどのように変化するかを調べる。生成した模擬燃料微粒子を用いて、ZrC層における照射欠陥の生成状態を調べる。

2.研究開発成果

 開発したマイクロビーム装置の概要を以下に述べる。陽電子の発生は、独自開発の55MBq(1.5mCi)の小型密封22Na(有効径2mm)線源を用いた。これをヘリウム冷凍機の先端に取り付け、4K付近まで冷却した。真空容器内にネオンガスを導入することにより、線源窓上に固体ネオン減速材を形成した。また減速材としてはタングステンメッシュも選択使用可能とした。円孔レンズを用いて20keVの低速陽電子ビームを形成し、磁界レンズを用いて下流に設置した走査電子顕微鏡(SEM)光学系に輸送した。SEM光学系の一次レンズ、中間レンズ及び対物レンズの励磁電流を変化させ、陽電子ビームを試料上へと収束させた。また、試料を最小1μmステップで二次元的に走査し、消滅ガンマ線のドップラー幅広がり測定を行うことで陽電子消滅イメージを得た。
 ビーム輸送・収束条件の最適化により、陽電子ビームが効果的に試料上に収束できることがわかった。エッジスキャン法によるビーム径評価から、試料部において最小1.9μmに陽電子ビームが収束できることが判明した(図1)。走査分解能を調べるため、テストパターンを作成しそのSパラメータ分布を測定した。テストパターンは、ステンレス板上に形成した幅12μm、深さ15μmの溝に樹脂を流して作成したものである。走査領域は250×152μmである。その結果を図2に示す。また操作したものと同一の光学顕微鏡像も示す。本装置によって得られた陽電子消滅パターンは非常に明瞭であった。光学顕微鏡と比較しても、テストパターンの形状がSパラメータの変化として明瞭に観測されていることがわかる。以上より、本装置は金属材料の亀裂先端部位など、微小領域のSパラメータ分布測定に十分な空間分解能を有していることが明らかとなった。
 実際に応力腐食割れを起こしたステンレス材の亀裂先端部位におけるSパラメータ分布測定を行った。結果を図3に示す。走査領域は2700×1900μmである。同部位の光学顕微鏡像と比較したところ、亀裂先端部においてSパラメータの上昇が見られた。これは亀裂先端においては、亀裂進展に先立って空孔型欠陥の導入があることを示唆している。今後、更に詳細な測定を行い、亀裂進展と欠陥導入の相関を調査して行く予定である。
 本装置で行える測定は電子運動量分布であるが、更に多様な情報を得るためには陽電子消滅寿命測定も併用できることが望ましい。そのため、ビーム輸送系途中に挿入して使用できるユニット型陽電子ビームパルス化装置を開発した。パルス幅は140psが得られており、陽電子消滅寿命測定への応用が可能であることが分かった。

3.今後の展望

 ステンレス鋼の熱処理条件を変化させることで応力腐食割れに対する感受性を系統的に制御し、亀裂近傍での欠陥の生成状態を詳しく調べる。ステンレス溶接配管から切り出した試験片に対してイオン照射と腐食加速試験を行い、照射誘起応力腐食割れについての知見を得る。模擬燃料微粒子に成膜したZrCの品質評価と照射による欠陥生成過程を調べる。以上より、陽電子マイクロビームの原子力材料の劣化評価における有用性を検証する。

4.参考文献

[1] 原子力委員会研究開発専門部会革新炉検討会、「革新的原子力システムの研究開発の今後の進め方について」、平成14年11月、資料革第7−2−3号.
[2] 義家敏正、長谷川雅幸、「金属」71(2001)No.8.
Japan Science and Technology Agency
原子力システム研究開発事業 原子力業務室